午前中は授業。午後は午後二時まで学生のノートの添削。
帰宅して字の練習をして、少し昼寝。…のつもりが夕方まで寝た。
『第一炉香』を読み終わり、ついでに『第一炉香』の映画もネットでみつけて見た。
『第二炉香』のほうは映画化されていないらしい。
小説のあらすじはこんな感じ。
主人公の葛薇龍は上海事変から両親とともに香港に逃れてきて二年になる。香港の物価は高くなるばかりで持ち金を使い果たした両親は上海に帰ろうとしているが、薇龍は香港に残って大学を卒業したいので、学費と生活費の支援をしてもらうために会ったこともない叔母の梁太太を訪ねる。梁太太は薇龍の父の妹であるが、若い頃に還暦を超えた男性の第四夫人となり、それに反対した薇龍の父とは音信不通となっている。
夫を亡くした後、梁太太は夫から引き継いだ大豪邸を社交の場として贅沢に暮らしていた。梁太太は薇龍を家に住まわせ学費の援助をすることに同意する。しかし、梁太太ほどの海千山千の女がただの善意から姪の援助をするわけはないのである。
薇龍は心の中では、たとえ自分は梁太太の世話になったとしても、その影響を受けずにしっかりと勉強して大学を卒業しようと思っていた。しかし、梁太太が彼女への援助を引き受けたのは、若い姪を利用して自分のパトロンである司徒協をつなぎとめようとしたからである。
薇龍は次第に叔母の家のきらびやかな生活に心を奪われ、当初の志を失っていく。
薇龍のボーイフレンドも梁太太にたぶらかされて奪われてしまう。
薇龍は梁太太の家に出入りするハーフのプレイボーイである喬ジョージと付き合うようになる。ジョージは富豪の息子だが、働くことも考えず、複数の女性と遊びくらしているために、父から疎まれ、将来、父の財産を相続することは望めない。彼は薇龍を誘惑したが、もちろんまじめに付き合う気はなく、梁太太の家のメイドにも手を出している。
そのことを知った薇龍はメイドと悶着を起こしてしまう。結婚前に使用人と男をとりあって争ったということになれば、もう薇龍は良家の娘としての価値を失ってしまう。薇龍は上海に帰って、人生をやり直そうとするが、梁太太は言う。「このことはきっとあなたの父の耳に入るだろう。そうしたらあなたの両親は許さないに違いない」
結局、香港に残ることにした薇龍はついにジョージと結婚する。
ろくでなしのジョージのために、薇龍は梁太太のようなやりかたでお金を手に入れることにしたのである。(小説でははっきり描かれないが、映画では薇龍が司徒協の愛人のようなことをしているようすが描かれる)
梁太太はジョージに言う。「あと七年か八年で薇龍の収入はずっと減るだろう。彼女が稼げなくなったら離婚すればいいのよ。イギリスの法律では、姦通なら簡単に離婚できるから」
こうして薇龍は梁太太とジョージの二人に食い物にされるようになる。
大晦日の晩、街にでかけた薇龍とジョージは街娼を目にする。薇龍は「自分は彼女たちと同じだ。ただ違うのは、彼女たちはしかたなくやっているが、自分は自ら進んでやっていることだけだ」と思って涙を流す。
その後、薇龍は梁太太の言葉通りジョージに捨てられるのだ。
…というストーリー。
やり手で世故に長けた梁太太も実は本当の愛情を知らず、薇龍のように尊厳を削られるような人生を送ってきたのかもしれない。薇龍は自分の人生を自分で選んだように思っているが、実は梁太太の手の平で転がされ、転落させられていったのだと言える。梁太太が何かにしかえしでもするかのように薇龍に自分と同じ道を行かせたのだ。
こういう転落への道は、他人事でなく、日本でも女性にとっていたるところに開けているという感じがした。そういえば、バブルの頃の日本でも、よく考えもせずに「お金持ちのおじさんにマンション買ってもらいたい」などと軽口たたく若い女性が山のようにいたっけ…と思い出したりもした。
〇張愛玲を紹介する文の中には、「オールド香港やオールド上海のコロニアルな雰囲気の中で繰り広げられるロマンチックなラブストーリーを書いた人」みたいな印象を受けるものがある。しかし、そうではなくて、思うに任せぬ苦く胸糞悪い人間模様を容赦なく描いた人という気がする。20代前半でこんな胸糞悪い作品をものした張愛玲は本当に天才。




