急に肌寒い日が増えた。
ネットで薄目のコートをもう一枚購入。
中国から帰国する時にウールのコートもダウンのコートもトレンチコートもみんな捨ててきた。これから気温が下がるたびにまた買い足していく。
今年は出費が多いなあ。
中国から日本に帰国しました。 翻訳者→大学院生→日本語教師→高等遊民。 https://x.com/ymznjp
急に肌寒い日が増えた。
ネットで薄目のコートをもう一枚購入。
中国から帰国する時にウールのコートもダウンのコートもトレンチコートもみんな捨ててきた。これから気温が下がるたびにまた買い足していく。
今年は出費が多いなあ。
昨日はお箏の稽古に行く日。
先生はいつも優しいし褒めてくれる。少ししか習ったことがなくてブランクも長いのに。
明日はお茶の稽古の日。
先生は厳しい。たぶん明日も何度も叱り飛ばされる。あなたは持っている許状だけのことが全然できていない。忘れたのではなくて、これまでもきっと基礎からダメだったのだ…。と言われる。なので今日は午後からYOUTUBEで動画を見てがんばって予習をしていく。たぶん、明日の稽古から炉の稽古になるから、前回とは違うはず。今からなんだかドキドキする。
わたしには「箏の才能はあるけれど、お茶の才能がない」ということではないと思う。
たぶん、先生の性格が違うせい。
おとといの夜、娘が来て、日曜日には横浜美術館に「マリーアントワネットスタイル」という企画展を見に行った。日曜日のせいか、一時間半くらい並んで、その後、展示を見たらぐったり。企画展は内容も充実していて見た甲斐があった。中華街に回って、麻辣湯とからあげを食べ帰宅。すごくすごく疲れた。
生存確認のためにブログを書くといいながら、次の日にもう書かないと死んだと思われる。今日からはまた生存確認のために(できれば)毎日書くようにしようと思う。
昨晩、少し外に出たらもう冬のように寒かった。
夜も寝ていると寒かったので、朝になってから買っておいた厚めの布団をベッドに出した。帰国してから猛暑の中でこのマンションに住む準備を進めていたが、暑い暑いと思っているうちにやはり秋が来て冬が来るのだった。
数日前から楊双子の『四維街一号に暮らす五人』を読み始め、三分の二くらいまで読んだ。
この人の本は日本でかなり人気があるらしく、本によっては図書館の予約が数十人も入っている。この本はなぜか空きがあったので借りてみた。原書もkindleで読めるようだったが、図書館で借りれば無料で読めるから翻訳版で。
シェアハウスに住む四人の女子学生と大家の五人の物語。
大学院一年生の一人は内気で、一人は経済的に困窮している。そのあたりのこまごまとした心の動きは面白く読んだ。そのあとは二年生の二人について。一人は令嬢で、もう一人は宝塚の男役みたいな?この二人の恋愛模様。こういう部分が人気があるのだろうけど、わたしはあまり興味がない。このあと、まだ大家の話があるのだけれど、そこから何か展開があるのかも。
台湾の食生活がいろいろと書かれていて、そういうところが旅行に行ったときに何を食べようかという興味にもつながるのかもしれない。
次は読むかどうかわからない。まだ中国から持ち帰った張愛玲の本で読んでいないのがあるからそれを読んでからと思うが、最近はあまり中国語の本は読んでいないから、いつになるか…。
春月先生と食事。
春月先生は杖代わりのキャリーをもって思ったのよりもしっかりとした足取りでやってきた。
ブログの文だけを読むと表現が怖い感じだったので心配したけど。
ただ大きい駅の人込みは急ぎ足で歩く人が多くて歩きにくそう。
わたしが住んでいるあたりは東京でも繁華街ではないので、たまにああいう人が多い場所に行くと、どっと疲れた。
楽隠居のはずなのに最近は家でせっせと稽古や学習をしていて時間に追われるような生活をしていた。なんのためにそんなことをやっているのだろうと自分でもわけがわからなかったが、とにかくなりゆきでそんな感じになっていた。
昨日はおでかけしておしゃべりしてほっと一息。家に帰ってからひさしぶりに何もせずにぼんやりと動画を見て寝た。来月は白内障手術月間でスケジュールがややタイトだけれど、それがおわってまた気が向いたらおつきあいください。
春月ねいさんのブログを読んでいて思ったけれど、わたしも今後は中国にもしかしたら旅行としていくかもしれないけれど、だいたいは中国とはあまり関係のない生活をしていくだろう。
芸術でも学問でもなんでも一生ひとつのことをしてきた人はうらやましい。
でも、わたしのように人生であれをやったりこれをやったりするのもいいかもしれない。
わたしは来生なんかあると思っていないし、ここでやりたいことを何でもかじってみるのもいい。
こういうとき、わたしは子どもたちが小さいときに家にあった絵本『うさこちゃんとうみ』を繰り返し思い出す。うさこちゃんは今ではミッフィーと呼ばれているが、うちの子どもたちが小さいころにはうさこちゃんとミッフィーのどちらの名前も使われていた。
ささやかなほほえましいうさこちゃんの一日のものがたり。
おとうさんと海に行ったうさこちゃんは楽しく海辺で遊ぶ。
お父さんが「さあ、もう帰る時間だよ」という。「え、もう帰るの?}
うさこちゃんは帰りの車の中で疲れて眠ってしまいました。
たしかそんなストーリー。
たのしく夢中で遊んでいると、とつぜん「もう帰る時間だよ」と言われるのって、
わたしたちの人生みたい。まだまだ遊ぶつもりでも、いつ「帰る時間」が来るかわからない。だから、興味があることは何でもかじってみたい。10代の終わりになんとなく選んだ「専門」よりも今のわたしがやりたいことは何だろう。わからないけど、興味があることはやってみる。
……『うさこちゃんとうみ』を読んで「死」を考える。ほかの人はそんなことは考えないのかな。
今日も雨。
また乾燥機のお世話になる毎日。
わたしはひとりだけれど、子供のいるうちはたいへんだろう。
いま習い事や自分ひとりの家事で一日がなんとなくせわしなく終わる。
家族がいる生活ってどんなものだっけ?
毎日二回洗濯機を回して、子どもの弁当を作って、夕食はおかず三品。それに仕事。
いまはとてもできる気がしない。
〇昨日の夜は、プライムで『星になった少年』という映画を見た。実話らしい。
タイにわたって象使いになった少年。日本に帰ってから母や継父との軋轢などもあったが、象使いとして成果を出す。しかし、ある日、バイクで外出時に事故死。
感動的な物語らしいのだけれど、なんとなく見てしまった。最近は感情鈍麻。
夫が仕事で日本に来ている。その合間に一緒に帝釈天へ行った。
土曜日だからか人がいっぱい。食堂で食事をすると団子がデザートについていた。
このあいだ買ったのよりも少し固いだんごだった。
そのあと、寅さん記念館と山本亭のセットチケットを買って、山本亭と寅さん記念館を見た。
寅さん記念館は楽しかった。映画のセットやジオラマが中心。
帰りは電車で。
7月~現在までいろいろと出費が多かった。
新しい生活を始めるのだから、それは当たり前で、心づもりはしていたが、
予想外のものも多かった。
払えないことはないのだが、日本に帰ってから出費を把握するためにズボラなわたしも家計簿をつけるようになり、大きな出費を記帳するたびにため息が出る。
エアコンはネットの店には安いものもあるし、東京都の場合は購入時の補助(東京ゼロエミッション)もあるのだが、
うちの場合はなにしろエアコン設置場所に搬入できるサイズのものを探すことが条件なので、あまり安くない機種を東京の補助の使えないネットの店で買うことになった。
これまでは日本にいる時間が少ないので、その間はあまり考えもせずに好きなように散財していたのだが、一気に節約主婦になったわたし。
エアコンも設置し、これで最後の大きな出費が終わったような気がしたが、
まだ来月白内障の手術があった。手術が終わったらメガネも作り直さなければならないし。
こうした出費のラッシュが終われば、またズボラに戻りそうな気もする。
今日、朝9時に工事の人が来て、エアコンを取り付けてもらった。
夏に量販店にエアコンを買いに行き、あの狭い腰高窓の写真を見せると断られてしまった。
それから、町でバスの窓からエアコンの室外機を見てはあんなところにどうやって取り付けたんだろうと思ったりしていた。しかし今日お願いした電気工事屋に連絡したら、あっさりと設置してもらえた。
ほかの部屋のエアコンも古いからそのうち壊れるだろう。そうしたらまた同じところに頼めばいいと思うと、気が楽になった。「来年からエアコンの基準が高くなって価格も相当上がるから、早めにほかのエアコンも買い替えては?」と言われたが、でも、このところガスコンロもパソコンも壊れて買い替えたところだし、もう少し様子を見てみよう。
アマプラで第一作だけ見られる。
帝釈天の参道はいまでも映画の中のままだ。少し外れたところだともう普通の住宅地だが。
『男はつらいよ』という映画は、下町人情物のほのぼのとしたものかと思っていたが、そうでもなかった。行方知れずとなっていた頭のおかしい兄がふらりとかえってきて、妹や妹が世話になっているおじさん夫婦を振り回す。見ているとサスペンス映画でもないのにハラハラした。むかしの日本人はこれを見て笑えたとは、いまよりもずっと寛容だったのだろうか。いずれにしても昭和らしい映画だった。
夜は少し書写をしようと思っていたが、そのままズルズルと動画を見た。
わたしの故郷のY市は人口減少が著しく、5軒に1軒が空き家となって放置されているという内容の動画がいくつもYOUTUBEにあった。
町の大通りから一歩入ってしまうと道が狭く、階段や坂道ばかりで、その途中に家があり、また階段や坂道を上るとまた家がある。車が上っていけない道も多い。
わたしの実家は比較的平らなあたりで大通りに面して建てられていたが、狭い階段や坂道の風景は日常的に見ていてなんとなく子供のころは当たり前だと思っていた。しかし、その後、東京に住んだり、千葉に住んだり、茨城に住んだりしたが、思い返してみればそんな場所はなかった。
今思えば、あんな場所にある家でどうやって生活していたのだろう。そういう場所の多くは長い間LPガスを使っていたようだが、あのボンベはどうやって運んでいたのだろう。それに郵便は?毎日の通勤、通学は?買い物は?足腰を悪くしたり、病気をしたりしたときは?
動画の中でインタビューを受けている人が「なんでもアマゾンで買っているから大丈夫」というようなことを言っていたが、アマゾンの配達の人はあの階段と坂道を徒歩で上っているのだろうか。
そのほかにも首都圏といっても東京までのアクセスが悪いとか、大企業(たぶん日産?)が撤退したことなども人口が流出した原因らしい。
以前、数百万円で豪邸が買えるという記事を読んで、その話を大学の同僚に話したら、「だったら、わたしが買いたい」と言っていたが、その価格で手放したい人がいるというのには、それ相応の理由があるのだろう。