昨日は午後から公安庁に停留ビザの申請に。
大学の国際処が居留証が切れる一か月前から申請できると言ったから。
しかし、それは間違いだった。それに書類も足りないと言われた。
行く前に「ほかに何か必要なものはありますか」と国際処の職員に聞いたのに。
今月中旬にもう一度行くことになった。
しかし、こんなに外国人教師が多い大学なのに、なぜ職員にきちんとした知識がないのだろう。中旬に行くときにちゃんとした書類を渡してくれるのだろうか。心配。
中国で日本語教師。 翻訳者→大学院生→日本語教師。 https://x.com/ymznjp
昨日は午後から公安庁に停留ビザの申請に。
大学の国際処が居留証が切れる一か月前から申請できると言ったから。
しかし、それは間違いだった。それに書類も足りないと言われた。
行く前に「ほかに何か必要なものはありますか」と国際処の職員に聞いたのに。
今月中旬にもう一度行くことになった。
しかし、こんなに外国人教師が多い大学なのに、なぜ職員にきちんとした知識がないのだろう。中旬に行くときにちゃんとした書類を渡してくれるのだろうか。心配。
一応、読んだ。
よく理解できなかったのは、途中で何日か中断してしまったからかと思ったが、
やはり百度で調べたら実験的で難解な小説だと書いてあった。
まず白樹という少年が登場し、彼は少し前にあった地震を検知していた。
しかし、それを信じる者はいなかった。そして、いま新に地震警報が出され、住民たちが外にビニールのテントを作り、家から出てそこに避難を始めた。
しかし、その時はまさに梅雨の季節であり、テントの中は耐えられないほど蒸し暑く人々の情緒は不安定になる。
白樹の地震検知器には異常なデータは現れていなかったため、彼はみんなに「地震は来ない」と言ったが、相手にする者はいなかった。
白樹は県の革命委員会の主任に「地震検知器を見たところ地震は来ないはずだ」と言いに行く。主任は「地震は来ない」という知らせを出す。しかし、その後、地震が起きてしまう。
白樹は周囲の人たちからデマを流したとして、暴力を振るわれる。白樹は検知器を見ていなかった少しの間にその小さい地震の兆候が検知されていたにちがいないと思う。
その間、夫を失なった妊婦や、地震の時に子どもを見失った夫婦や、なんだのかんだのの話が語られる。
全体としてみると、地震と梅雨が人々の精神にゆさぶりをかけるというおおまかなストーリーが見えてくるが、なにしろ登場人物が多いし、現実か幻覚かわからないような場面が錯綜するし、やたらと「他」と「她」が出てきて誰が何をしているのかわかりづらいし、難解な作品だった。
百度AIに聞いてみると、多くの解釈があるので、全部理解できなくてもしかたがないというようなことが書かれていた。
ただ強烈に納得できたのは、この作品の背景になっているこのあたり(余華の出身地杭州のあたり)の梅雨の季節の不快さだ。いまちょうどまさにその季節で、学校でも挨拶のように「蒸し暑くてだるくてしかたがない」という話をしている。こういうところに、地震や何かのストレスがさらに加わったら、この作品の中に出てくる人物たちのように何が現実で何が幻覚なのかわからなくなるし、人と人がきちんとコミュニケーションをとっていくこともできなくなっていくような気がする。
ともあれ、杭州の梅雨も夏も本当に耐えがたいので、早く脱出したい。
〇ネットで見てみると、この本の次に載っている『四月三日事件』という作品も負けず劣らず難解らしい。だから、もう読まないことにした。先、行こう、先。
午前中は4コマ授業。
昼から某コンテストに出る学部生4人と大学院生2人のスピーチの指導。
スピーチはコンテストの一部分なのだが、わたしは原稿を見ながら話してもいいのかと思い込んでいた。しかし、直前の今になって原稿を見ないで話さなければならないと知って、慌てて学生たちに原稿を覚えるようにいった。
それが二日前。今日のお昼に集まってもらったら、女の子たちは原稿を見ないでも意外とよく話せるようになっていた。あと二日あるから、その間も練習すれば問題なさそうで、ほっとした。
しかし、男の子のほうは少し心配。原稿を一字一句覚えなくても、その場でなんとかなると自信満々でいうのだが、本当に大丈夫だろうか。
本番は土曜日に学校に集まってオンラインで行われるが、わたしは行かなくてもいいらしい。
これでこういう仕事も最後になる。結果が出るころにはもうわたしは中国にはいない。
〇このところ、蒸し暑くて、午前中に4コマ授業をして帰宅すると、午後はずっとだるくて何もしないですごしてしまう。
本もなかなか読めないし、ペン習字は書けば書くほど下手になってきたような気がしてきた。
以前にやった字帖を出して見てみたが、自分でも上手くなったのか、下手になったのかわからない。
毎日やっているストレッチも効果があったのかどうかわからなかったので、きつめのストレッチに変えたら筋肉痛がひどいので、もとのストレッチに戻した。
何をやってもよくなったのかわるくなったのかわからない。
でも、やらなければ、下降線をたどっていたのだろうか。なにもかも。
この本に載っている四篇の小説のうち、最初の一篇だけを読んだ。
余華の成長過程での経験をもとにして書かれたものらしいが、善良さなどが通用しない容赦のない硬質な人間関係がテーマのようだ。つまり世の中は生易しくないということ。
余華らしく凄惨な場面はとことん凄惨に書かれている。
〇今日、居留証が切れてからの停留ビザの件で国際処と連絡をとった。
居留証が切れてから15日間は中国にいられるので、その間に片付けをする。たぶん、やることは、部屋をカラにすることと、カギを返すことと、Wi-Fiの解約くらいだろう。
読みもしなかった本やあまり着なかった服を捨てるのは心が痛む。
その話をしていたら、同僚の先生に「なぜ捨ててしまうの?学校に持ってきて学生にあげればいいのに」と言われたが、アパートから大学までは地下鉄を乗り換えて50分かかるし、学科の事務室は4階にある。重い本をそこまでもっていくことを考えたら、アパートのゴミ捨て場に捨ててしまったほうがいい。
そのほか、いつまでも夏休みにならないお寺の授業も終わらせなければならない。
今学期で辞めるということを法師に言ったらきっと次の人を紹介してほしいと言われそうなので、お寺の教務の別のお坊さんに連絡した。たぶん次の人は見つからなさそうな気がする。お寺の付近は観光客が多すぎて交通規制があるので、タクシーが行ってくれなくなってしまったし、講師料は他の半分くらいだから。ただ、ああいう世界を見てみたい人にはいいだろうけど。
あと一か月で授業も終わるが、一か月くらいあっという間に終わるだろう。
2007年公開のディズニー版。
YOUTUBEにもあるが、それは英語版だったので、ビリビリで中国語版のほうを見た。
こんな映画があったのは知らなかった。日本では公開されなかったのかもしれない。
ストーリーはだいたい同じ。舞台は現代になっている。ヒョウタンもかわいい。
違っているのは、水泳のリレーの選手になった王葆が自力でチームを優勝に導き、ヒョウタンが「これまでよかれと思って君を助けてきたが、君のためになっていなかったんだね」と悟り、王葆と握手して去っていくというラストである。
ネットで見てみると、原作はこれとも少し違うらしい。今度買ってきて読んでみよう。
小学校中学年くらいで読む本らしいから、すぐに読めそう。
昨日も昼頃まで家でぼんやりすごした。
ペン習字は相変わらずぼちぼち続けている。一文字ずつはなんとなく上手く書けたような気がしても、縦横が他の字とそろわずに滅茶苦茶になってしまう。
まだ先は長い。
昼過ぎにブックセンターに出かけて中をぶらつく。結局、余華の本を一冊買った。
帰国するまでに積読の本を捨てなければならないのに、次々と買ってしまう。
書店をぶらついている時に、張天翼『宝葫芦的秘密』が推薦図書の棚にあるのに気付いた。
これ、子どものころに少年少女世界の文学のような本に載っていて読んだおぼえがある。
本は買わなかったが帰宅してからYOUTUBEで1963年制作の映画を見た。
少年王葆は何でも願いがかなうヒョウタンを手に入れる。
ヒョウタンは願いをかなえてくれるが、他の場所から王葆が欲しいと言ったものをもってくるだけなので、次々とトラブルが起こり、王葆は窮地に立たされる。
王葆はヒョウタンを壊したり、燃やしたりしてヒョウタンの束縛から逃れようとするが、何をしてもヒョウタンは蘇って王葆の元に戻ってくる。
王葆が困り果てたところで、夢から覚める。すべては夢だったのだ。王葆はこれからはどんなことでも自分で努力してやりとげることを決心する。
こういう極めて教育的なストーリーだった。それにしても、1963年のころの中国って、こんなに裕福な感じだったのだろうか。これは上流家庭の話?
何でもやってくれるお宝に頼ると結局はそのツケが回ってくるというのは、まさにAIの多用のことを予言しているようだ。この小説はいまでも広く読まれているようだが、実際には真逆の方向にみんな突っ走って行ってしまっている。
〇ネットで調べてみたら、原作はもう少し複雑な話のようだ。今度、図書センターで買ってこよう。それに、ディズニーも映画化しているようだ。そちらはどんなストーリーになっているんだろう。
昨日の午前中はお寺に行った。
毎週3コマ、途中で二回10分の休みがある。
その時に外に学生が出て行ってしまうと休み時間が終わっても戻ってこない。
こうして授業の時間が無駄になってしまう。
待っていてもしかたがないので、ドアを開け、建物の下に向かって「〇〇さーん」と大声で読んだら、茶トラの猫がニャーと鳴きながら私のほうへやってきた。
あの猫の名前は〇〇さんなのだろうか。
授業の後は、長々とバスに乗り、ショッピングモールで食事して買い物。
もうそろそろ粽が並ぶ季節になっていたので、粽を買った。
家に帰ってYOUTUBEで映画『滚滚红尘』を見始めたが、ほとんど居眠りしているうちに終わってしまった。シナリオは三毛が書いたもので、張愛玲をモデルにしているらしいが、そのわりにはつまらない。ヒロインをもっと一癖も二癖もある人物にしてほしかった。ストーリーは、抗日戦争中、張愛玲を彷彿とさせる女流作家が漢奸の男性と背徳の恋に落ちるというものだが、最後のほうは眠ってしまったのでどうなったのかわからない。もうどうでもいいけど。
夜は夜でまた寝てしまった。
気持ちがたるんでいるのか、暑さで体力が落ちているのか、なんだかわからないが、毎日こんなふうに読書も仕事も進まず、無駄に過ごしてしていいのかと思ってしまう。
もう今学期の授業も残すところあと一か月。その後に試験。
わたしがいる大学のわたしがいる学院(学部)の試験の採点とその後の始末が複雑化しすぎていて、常人の能力を超えてしまっている。
他の先生の話によると、他の学部ではこんな面倒くさいことはやっていないらしい。
それなのに、わたしがいる学部でやっているのは、指導層の「内巻」のせいらしい。つまり、うちの学部はよそよりもこんなにがんばって、こんなに丁寧に仕事をしていますというアピールのため。同じような内容の少し体裁の違う書類をいくつも作ったりして、ほとんど無意味なことをしている。学科内でチェックして、さらに他の学科と交換してチェックして、よけい混乱してミスが出たりしているんじゃないかとわたしは疑っている。
とにかくそういう面倒くさい仕事を終えて、部屋を片付けて、学校に返すものは返して…。
そういう山を乗り越えなければいけないのに、なんだかダラダラすごしている。
切羽詰まれば、なんとかなるだろうとどこかで思っているからだろう。
日本に帰ったら、いままで住んでいた家(夫が日本に行くときにそちらに泊まるらしいから手放さないが)で、置きっぱなしで使っていない自分の持ち物や娘の持ち物を断捨離して、
それから、都内に買ったマンションに家具だの家電だのを購入して入れなければならないし。
考えただけで、今から疲れている。帰国する頃には日本も酷暑だろう。
誰かが用意して住むだけの状態にしておいてくれたら、どんなにいいだろう。
しかし、いまでさえそう思うのだから、もっと何年も先延ばししたら、さらに気力も体力も衰えてやれなくなってしまう気がする。
日本に帰ったら、面倒くさいから新しいマンションにはとりあえずソファとベッドだけ入れて、後は一年くらいかけてゆっくりやろうかな。
あれもこれも進まない。
試験問題作成、授業のPPTの修正、部屋の片づけ、読書。
いま三毛の『送你一匹马』を読んでいるのだけれど、この本に入ったら、ぜんぜん読み進められない。個人的な知り合いなどに対する感情過多な文章が続く。もし、その当時リアルタイムで読むのだったら読めたのかもしれないが、こういう本は時代や場所が変わったら読めなくなる本かもしれない。
今日はとりあえず試験問題をしあげて、まだ気力があったら宿題を見るつもり。
宿題の提出期限は昨日の夜で、期限がすぎたら提出用のSNS上から削除しているのだが、朝見てみたら、私宛に「期限を忘れていました」とファイルを直接送り付けている学生がいた。
仏学院も大学も、何度何を言っても言う通りにしない学生ばかりで、見るだけでも疲れる。
もうあと少しで辞めるけれども、本当にもう潮時だと思う。環境の面でも体力の面でも。
今日は振替出勤で午前中4コマ授業。
その後、イオンモールに買い物に出かけ、食事をして映画を見て帰宅。
今日見た映画は『给阿嬷的情书(おばあちゃんへのラブレター)』。
これはよかった。
舞台は潮州。淑柔は88歳の誕生日を迎えた。彼女の夫の木生は出稼ぎに行ったタイから40年前に一枚の写真を送ってきたのを最後に音信が途絶えた。その写真には、彼と若い女性と数人の子どもたちが写っていた。淑柔の家族たちは、木生はタイで金持ちになり、妻を捨てて新しい家庭を持ったのだと思っている。
お金に困った淑柔の孫が木生を訪ねてタイに行き、木生が1960年に亡くなったことを知る。しかし、その後の18年間ずっと、木生から手紙やお金だけでなく、当時貴重だった自転車や干し肉までが淑柔のもとに送られていたのだ。
孫は木生の死亡書類に名前が書かれている謝南枝という女性がタイで木生の二人目の妻となった女性ではないかと思い、その息子を訪ねていく。そして彼から事の真相を知るのである。
タイで車夫をしていた木生は、宿屋の主人には無断でインテリの青年が住む宿屋の部屋に同居していた。このインテリの青年は宿屋の中で無断で私塾を開き、華僑の子どもたちに中国語を教えていた。読み書きのできない木生はこの青年に妻に送る手紙を代筆してもらっていた。
宿屋の娘である南枝は、この二人を疎ましく思っていた。しかし、ある時、宿屋が放火された時に、木生は南枝の父を燃え盛る宿屋の中から助け出した後、放火した犯人を殴りつけ、収監される。このことから、南枝は木生に感謝するとともに呵責を感じるようになる。
木生はやがて、渡し船で働くようになり、稼ぎも多くなる。新しい服を買って、明日は故郷の家族のもとに帰るのだと嬉しそうに語る木生。しかし、その夜に船に強盗が押し入り、木生は殺される。
南枝は木生が死んだことを故郷の妻淑柔に知らせようとしたが、淑柔と子どもたちを悲しませることはできないと思い、木生に成り代わって手紙を書き、送金をする日々が始まる。
読み書きができるようになった南枝はやがて教師になり、引き取った一人の子どもとともに生活しながら、自分の家庭と木生の家庭の二つの家庭を支え続ける。
こうして18年たったある時、淑柔から「孫も生まれたので、タイにいる木生に会いにいきたい」という手紙が届く。木生が亡くなったことをもう隠し切れないと思った南枝は木生が18年前に亡くなったことを知らせる手紙とともに、たった一枚だけあった木生の写真を送る。その写真は南枝や私塾の子どもたちと一緒に撮ったものだった。
しかし、郵便配達員がその手紙を自転車で運んでいる時に大雨が降り、郵便配達員の自転車がすべって池に落ちてしまう。配達員は必死で水の中から手紙を拾いあつめるが、南枝が書いた手紙は見つからず、写真だけが淑柔のもとに届けられた。それを見た淑柔は木生が新しい家庭を築いたのだと思い、失意の中でその村をあとにした。
淑柔からの返事が来なかったために南枝は何度も手紙を送るが、村の区画も変わり、宛先不明ですべて送り返されてきた。
こうして淑柔が真相を知らないまま40年の歳月が流れた。
タイに行った孫からこの話を聞かされた88歳の淑柔は南枝に会うためにタイに行くことを決意する。南枝は認知症になっていて何も覚えていなかった。しかし、なごやかな時間をすごす二人。別れの時に南枝の記憶が戻り「私が送った塩漬け肉はおいしかった?おいしかったら、また送ってあげるね」という。
…というストーリー。エンドロールで、実際に南洋の華僑たちが大陸の家族に送った手紙の数々が映し出される。離れていても切れない家族の絆。
わたしが書いたあらすじを読んでも、いまひとつピンとこないかもしれません。
でも、どこかで見る機会があったら、ぜひ見てほしい作品でした。
https://www.youtube.com/watch?v=xLHeZPrcGqA
今日は午前中はお寺の授業。
「わたしの後について復唱してください」「質問しますから答えてください」と言っても、
無反応。みんなこっそり授業中に宿題をやるのに一生懸命なのかもしれない。
今日は、その後、大学に戻り、卒業写真の記念撮影。
30分くらいで済んだので、そのまま帰宅。
家に帰ったら、宿題を作ったり、学生が送ってきたコンテストの録音テープを聞いたりした。
その後、ペン習字。
GWが終わり、やっと元の生活のリズムが戻ってきた。
〇昨晩『梦里花落知多少』読了。
三毛の夫ホセの死後、台湾とヨーロッパを行き来し、最後にカナリア諸島のホセとの思い出の残る家を売り、台湾に帰って年老いた両親と一緒に住むようになるまで。
三毛がそういう人なのか、スペイン人がそうなのかわからないけど、濃厚すぎる人間関係に読んでいるわたしのほうが疲れた。
台湾に帰国して、知り合った人の家を見て気に入り、その晩に両親に電話して「どうしても欲しい家がある。今すぐお金を用立ててほしい」とお金を無心し、その家を購入して自分の好み通りに改修し、好みの家具を作らせて入れたあと、「やっぱり年老いた母がかわいそうだから」という理由で、マンションを父に買わせて同居。(一応、三毛が代金を払うつもりだったようだが)
両親もかわいい娘のために労苦をいとわないのだけれども、みんな振り回され放題のような気がして、「わたしはこういう人は苦手だ」と思ってしまった。
〇ホセが死んで間もない頃、ホセの両親がカナリア諸島のホセの家の権利の半分は自分たちにあるという話を三毛にする。「三毛が生きているかぎりは、その家に住んでもかまわない。でも、売るのなら半分の権利が自分たちにある」とホセの母が言う。三毛は「結婚指輪以外は何もいらない。すべて義理の両親にゆずる」と答える。
ここでホセが子どものころに両親にノートを買ってもらえなかったエピソードなどが語られ、「そんな親のくせに、ホセの死を悲しむのよりも先に財産を欲しがるなんて」と三毛は思う。
このくだりを読むと、ホセの両親がエゴの塊のような言われようなのだが、よく考えてみると「三毛が生きている間は住んでもいい」と言っているのだから、妥当な話のような気がした。子どものころから育てた両親が、わずか数年間の結婚生活をした妻と同等の権利を持つのは当然のように思えるのは、わたしも子どもを育てた親だからだろうか。
しかし、最後のほうの章で、三毛は自分が気に入った若夫婦に相場の半額でこの家を売り、家を売った代金を義理の両親とわけることなく自分の口座に入れ、その後、台湾で家を買う時にもそのお金を台湾に送金することを考えるのである。「結婚指輪以外何もいらない」というあの言葉はどうなったのだろう。そのあと、この家についてホセの両親とどんな話があったのか、それともなかったのかについては、この作品には書かれていない。ホセの親族について、あれこれ悪く書いたのに、そこのところの説明を何も書かないというのは、何だか腑に落ちない感じがした。
〇三毛『送你一匹马』を購入したので、次はこれを読む予定。
本当は三毛以外の本が読みたいのだが、何を読んだらいいかわからないので、とりあえずこれを読むことにした。
一日目はまず高鐵で横店へ。
まず「明清宮苑」へ。ここは北京の故宮などを再現したテーマパーク。
実際の故宮に比べるとかなりチャチだが、ここでドラマのロケなどが行われるのだそうだ。
アトラクションに乗ったり、ショーを見たりで一日がかりで遊んだ。
いくつかのエリアに分かれていて、あるエリアには英仏軍に破壊される前の円明園が再現されているそうで、夫はそこにも行きたいと言っていたが、時間がなくて見られなかった。
全部見るのには、三日かかるそうだ。
二日目は、夫の会社の人がちょうど義烏の近くの親戚の家に来ているところで、その人が車で義烏の国際商貿城につれていってくれた。その人の奥さんと子ども二人も一緒に行った。
北京の秀水街のようなところかと思っていたが、ずっと大きな建物がいくつも並び、なかなか立派だった。ほとんどの店は業者が顧客なので、連休中は閉まっていたが、観光客相手に小売りもする店は開いていた。そこで子どもたちがおもちゃなどを買うのにつきあったが、わたしは何も買わなかった。帰国に備えて持ち物を減らしているのだから、買い物をするわけにはいかない。
その後、トルコ人が経営する焼き肉屋で食事をして、午後から鶏鳴閣へ。
そこを見てから、仙居のホテルまで送ってもらい、そこでその家族とは別れた。
三日目は朝大雨が降っていたが、だんだん小降りになるようだったので、タクシーで神仙居の景勝地へ。ここは断崖絶壁沿いの道をぐるりと歩きながら景色を見るようになっている。
山の上まではロープウェイで往復する。山の上のハイキングロードはだいたい3~4時間くらい。階段が多いので、こういうところはあまり年を取ったらいけなくなると思った。
くたくたになってホテルの近くまで戻ってから食事して、また川沿いの道などを散歩した。一日25000歩くらいは歩いたと思う。
四日目は午前中はホテルで休んで、その後、杭州へ。
今日は疲れて洗濯くらいしかしなかった。後で気が向いたら写真を載せるかも。