今日は娘とサザコーヒー本店に行ってみた。
たぶん、ここはそのうち全国区になるでしょう。
でも、ちょっと高い。
なんとかアイスコーヒー(名前は忘れた) 明太子パン中国から日本に帰国しました。 翻訳者→大学院生→日本語教師→高等遊民。 https://x.com/ymznjp
昨日は一日、家でぼんやり過ごした。
帰国してから、庭の雑草が気になっているが、そのまま放置。
一応、一階は掃除したが、二階は放置。
暑すぎる。もう秋になってから、もう一度この家に戻ってきてやればいいんじゃないかと思うようになった。それまでどうせ夫も日本には来ないし、客も来ないし。
たぶん、月末には生活の拠点を東京に移すが、その後も歯医者の予約があったりするので何度かまた元の家に来ると思う。お人形たちも急がなくていいかな。
ばててしまったので、今日も日中は家にいて、夕方になったら買い物に。
何でもぽいぽい気前よく捨ててきてしまい、普段着る服が足りないので、少し買い足すつもり。夏物はもう少し安くなっているかも。
帰国してから一週間がたった。
一応、大型の家具と家電が入る目途がたち、水道・電気・ガスも使えるようになった。
そのために何度か猛暑の中、巻き尺を手にマンションへと足を運んだ。
いろいろなところの寸法を測り、家具や家電を注文しようとするたびに、測った場所以外のあれやこれやの寸法が必要だと言われ、マンションへと店の間を何度も往復することになった。
それに、ネット環境の悪さもイライラの原因だ。これまでモバイルWIFIが使用できない時はスマホのデザリングを使っていた。前回まではそれでなんとかなったのだが、今回はぜんぜんつながらない。引っ越し先のマンションに行ったときにそこでいろいろな用事を済ませようと思ったが、自分でルーターを買って設定しなければならないという。ホテルのようにパスワードを入れればすぐに使えるのかと思っていた。ルーターの設定についての説明は電話で聞き、「はいはい」と言いながらメモをとったが、実はちんぷんかんぷん。ネットで購入したルーターが実際に届けばどうにかなるのかも?
それに、管理費などもわたしの口座からの引き落としに変えなければならないのだが、それも説明を読んでもよくわからない。あとでまた管理会社に電話しなければ。
あとは荷物をハンドキャリーと宅急便で送るつもり。箏は自分で電車で運ぶことになりそうだが、この暑さでは駅までもっていくのもたいへんそうだから、当分は無理。
…といろいろ難航中。まあ、そのうちどうにかなるでしょう。
飛行機が遅延したので、 一昨日の深夜帰国しました。
家に帰ったらネットがなぜかつながらなくて、いろいろ試してつなまるまで二時間くらいかかりました。
それから、昨日、新しく住むマンションの水道・電気・ガスの申し込みとクレジットカードの登録。郵便物の仕分け。買い出し。美容院…などで一日が終わりました。
家の中も荷物もまだ全然片付いていません。
新しい家に引っ越すのは22日以降です。いちばん早くて電気が使えるようになるのがその日以降だからです。
それと、そこに引っ越すまでに家の中を片付けなければなりません。
わたしがいない間、たぶん5月ごろに夫が数日この家に戻ってきたようで、以前、わたしがブチ切れたのでややマシになりましたが、生ごみをはじめとする何だかわからないものが片付けもせずにそのままになっていました。そういうものも捨てて、さらに家に残っている不用品も捨てて、大掃除をしてから引っ越そうと思います。
電車で一時間くらいの距離なので、なんどかにわけて行ったり来たりしながら少しずつものを移動させていくつもりです。大きい家具や家電は新しく購入するので、大きなものはもっていかないし。
とはいえ、暑いし、一日動いただけでもう何だか気力がなくなってきました。
さあ、これから選択して、今日もでかけます。
〇「引っ越し荷物はどうするんですか」と何人もの人に聞かれたが、写真の通り、それだけを持って帰ってきた。ずいぶん多くのものを捨てた。惜しいような気がしても、捨ててしまえば忘れてしまう。
これだけでも、エレベーターのない四階の部屋から階段で下ろし、炎天下の下、タクシーが来てくれるところまでもっていくのは少したいへんだった。住んでいたアパート周辺はむかしからある官舎がごちゃごちゃ建っている場所で近くまでタクシーが入ってこられない。
わざわざ「荷物を持ってくれる」と書いてある高いタクシーを予約したのに、女性の運転手が来て、「荷物をトランクに入れるのを手伝ってくれ」と言われて二人でやることになった。広々とした車内に座れて、飲み物までもらったが、「わたしが欲しいサービスはそこじゃない」と思った。
成田空港到着後、大きいほうのキャリーケースだけ宅急便にした。もう料金は忘れたが、13年前に中国に引っ越す時にはもっとずっと安かったような気がした。
これだけの簡単な移動でも、事前にずいぶんいろいろと考えた。
やってみればほんとうにこれだけのことなのだけれど。
ゆっくり休んで、明日の昼にチェックアウトするつもりです。
荷物は思い切って捨てたり、人にあげたりして、これだけにしました。
企業の駐在員なら、引っ越し費用もたくさんでますが、わたしの場合は個人負担です。
EMSで送ることもできますが、安くないし、外国人の場合は自分でパスポートと荷物を持って郵便局まで行かなければなりません。中国人は身分証明書カードがあれば家に撮りに来てもらえるらしいですが。
いろいろ考えると、家電類は電圧が違う日本では使えないし、よく着た古着は持ってかえるほどの価値がありません。おもいきって大分捨てました。
軽やかに次の人生に踏み出すには、荷物も捨てて軽やかに。
この週末は台風が来るから気を付けるようにともう辞めてしまった大学からも連絡があった。
在籍中の人は10~12日までどこにいるのかを学校に知らせるように言われたようだ。
そこで、冷凍餃子などを買いだめて土日は家で片付けをするつもりだったが、昨晩少し雨が降っただけで終わってしまったようだ。
いまは暑くて曇っている。スマホの天気予報を見ても午後に少し雨がぱらつく程度らしい。
あまりなんでもかんでも片付けてしまうと生活に困るので、後のことは明日やることにして外に食事にでも行こうかと思っている。
〇昨日、春月ねいさんのところにリンクが貼ってあった動画をざっとみてしまった。
動画だけをみると、途中までは人生に夢のような展開が訪れて、ハンサムな外国人の夫とヨーロッパのあちこちを旅するというものだったが、本当はすでに早い時期から破綻のきざしがあったようだ。ビザの延長ができるかどうかという問題以前に、夫ともギクシャクしはじめていたようだし。
なんとなく推測だけれど、西洋人の男性が何らかの幻想をもって日本人と結婚したが、妻がガーデニングをしたり、かいがいしく夫の面倒を見たりするというあこがれ通りの生活もよかったのは最初だけで、結局は重荷になったのかなと思った。
これからは東京のどこかで一人で人生をやり直していく流れになるようだ。
イギリスにの空港に着いたら、ハンサムな夫が花束を抱えて待っているとか、まるで映画のような場面もあったことだし、
何もなくただ老いていくばかりの人生よりも、動画の視聴者がうらやましがるような束の間でも夢のような時間があってよかったんじゃないですかね。
今日は仏学院の試験。
朝、7時前に家を出たが、すでに晴天で猛暑。
試験はあっさりと終わった。
そのあと、学生3人、日本語学科の法師、事務の法師、わたしで校舎の前で写真を撮った。
ものすごく暑かったのに、カンカン照りの下でのんびりと写真をとった。
そのあと、部屋に戻って採点をしてから、答案の袋を日本語学科の法師にわたしにいった。
いつものように長いとりとめのないおしゃべりになるのかと思ったが、簡単にお礼と挨拶をお互いに言い合ってあっさりと別れてきた。
断ったけれど、結局、学生たちからプレゼントをもらった。今日は日本語劇コンテストの日。わたしはもう契約が終わったので行かなくてもいいのだが、
行ってもいいそうなので行ってみた。
早めに学校に行って、まずアパートのカギを国際処に返す。
アパートのカギは暗号キーで、金属のカギと磁石のカギは予備的にもっているだけなので早めに返した。
そのあと、コンテスト会場に行き、日本語学科の中国人の先生に日本語学科の事務室で使っていたカギを返した。
コンテストの劇はよくできたものも、どうしようもないものもあって、それぞれ楽しかった。
学生たちが試験が終わってから一週間で準備したのだから、どんなできばえでも拍手をおくった。
もうわたしが学校に来る日は最後なのだからぜひと言われて、特等賞の賞状を学生に授与する係はわたしがやった。そのあと、何人もの先生に挨拶をして会場をでた。
学校の門を出ようと思ったら、朝は顔認証で通れたのに、もう顔認証で扉があかなくなっていた。朝、国際処にアパートのカギを返したから、その時にカギを受け取った職員がわたしの登録を消したのかもしれない。しかたがないので、守衛さんに扉を開けてもらって外に出た。
そのあと、最後の給料がわたしの口座に振り込まれているのを確認した。
こうして9年間働いた大学との関係もほぼ終わった。
昨日の夜は三回目の送別会。
そこでまた寄せ書きの色紙をもらった。
今日は試験の資料をすべて提出し、その後、パソコン以外の自分の持ち物を処分した。
もう契約は終わっているのだけど、明日は学内のコンテストを見に行く。
また誰かに「あれ、まだいたんですか」と言われるだろう。
四階の私の部屋をときどき覗きにくるこの方とももうすぐお別れ。試験や試験の採点で途中で読むのを中断していたこの本をやっと読み終えた。
試験が終わってから何だか気が抜けてしまい、何日もぼうっと動画などを見てすごしてしまった。
これは前にも書いたが瓊瑤に夫を奪われた平鑫涛の前妻が88歳になって出版した本。
前半は彼女のおいたちや平鑫涛との結婚のなりゆきなどが書かれていて、後半はいよいよ瓊瑤が登場し、彼女の家庭がどのように壊れていったかが書かれている。
瓊瑤の『我的故事』によれば「自分は平の家庭を壊したくなかったのに、平が結婚できなければ死ぬといって自殺未遂までしたからしかたがなく」ということになっているが、
実際は、この自殺騒ぎもどこまで本当か疑問の残るところであり、なんだかんだといって瓊瑤が自分から平の気を引いて平に近づき、ヒステリックに離婚を迫り、あげくこの三角関係をモデルにした小説を書き、その中である男性の不倫相手を美化し、妻をつまらない女として描いていたのだという。
そのような苦しい結婚生活の中で、彼女は絵を描くことに自己実現の道を見出し、苦しみだけの結婚生活から抜け出して、ついには画家として身を立てる。
この本を読むと前妻であるこの人は、地道に夫平鑫涛の事業をささえ、家庭を守ってきた実直な女性のようである。それに対して、平鑫涛と瓊瑤は酔っ払ったように「愛に生きる」と言いながら、自分たちの世界だけを見て、前妻の気持ちなどを考えず、無神経に元の家庭を踏みにじってきたような気がした。
同じ物事でも、それぞれの立場からみた姿は違うことがあるだろう。しかし、瓊瑤と前妻がそろいもそろって、老境に至ってからこんな長年のわだかまりを吐露するような本を書いたところからみて、平は結局、「愛、愛」と言いながら、二人の女性のどちらも幸せにしなかったのだと思った。
今日はお寺での最後の授業。
相変わらず反応は薄い。一人の坊さんがとにかく不真面目。
授業開始時間になってから「トイレにいます。先に授業をしていてください」という連絡。それから10分後にやっとやってくる。
なぜそんなに時間がかかるのか。なぜ授業が始まる時間になってからトイレに行くのか。
それも今回だけでない。この人は前回の宿題もまだしていないし、休み時間に教室を出て行くと休み時間が終わってもなかなか戻ってこないし、授業中に居眠りもするし。
しかし、今日かぎりでおしまいだし、気力をふりしぼって3コマの授業を終わらせる。
その後、地下鉄にのってショッピングモールに行き食事をした。ついでに映画でも見て帰ろうと思ったが、疲れてしまったのでそのまま帰宅。
あと来週もう一度、テストのために行ったらおしまい。寺周辺を歩いていると、もうこれでこの景色も見収めかとおもって名残惜しくなるが、もう授業はうんざり。
大学も仏学院もほんのこの数年の間にどうしてこんなにやる気のない学生ばかりになってしまったんだろう。もう語学なんかやってもしかたがなくなったからかな。それに、日本の魅力もなくなったからかな。
〇今日も、「4年前に日本語学科を卒業したが、自分の友だちの中にいま日本語に関係する仕事をしている人は誰もいない。10年前は日本語学科を卒業したら日本企業に高給で入れたのに」という記事が百度に載っていた。少し前にも「英語学科と日本語学科はどんどん縮小している」という記事があった。高考(大学入試統一試験)が終わって、多くの受験生が志望校や志望学科を決める時期にこんな記事ばかりが出ると日本語学科に来る学生はますます減って、レベルもますます下がるだろう。いずれにしても、この仕事ももうここまでの仕事だろう。(まだ続ける人がいるから、ここでしかこんなことは言わないが)
私の契約は7月1日までである。
だけど、まだ大学に提出する今学期の成績の資料ができあがっていない。
その提出期限は8日なので、たぶんその日に行って主任にサインをもらって提出すれば私の仕事が終わる。
その日には、学生のコンテストがあるので、先生たちはみんな来るはずだ。そこでもう一度まとめて挨拶をして、この学校ともお別れになる。
もう私は職員ではないのだけれど、コンテストは見に行ってもいいそうだ。
それにもう一回、親しかった人だけで食事会をしましょうと言われた。
そうね。
私はおしゃべりだし、人がきらいではないのだけれど、いつも人といるのは少し苦手だ。
もうこっそりそのまま帰国したい気持ちが強い。
しかし、何人もの人がこんど東京に行ったらまた会おうねとか、家に遊びに行ってもいい?などと言ってくるのを聞くと、なんとなく腰が引けてしまう。
私は学校で食事をする時も一人で食堂に行きたいし、授業以外の時に学生と交流を持ったりするのもそんなに好きではないから、授業が終わったらすぐに家に帰ってしまう。もうなんというのか、そんな気力も体力もない。
年を取ったからかなとも思うが、もともとそんな私だったような気もする。
昨日は朝から試験監督。そのあとは卒業式。
今年の卒業式は昨年までと比べて体育館で大規模かつ華やかにおこなわれた。
これまでは学内の小さいホールで学部ごとにやっていたのに。
隣の席の中国人の先生が「書記が変わったからじゃないか」と言っていた。
何人もの挨拶と各種表彰式、何というのか知らないが学位帽の房を動かす儀式が終わった後、
各学科の先生や学生たちが歌を歌ったり、踊ったりを披露して終わった。
その後、学生たちに呼び止められて一緒に写真撮影。
去年までは、写真撮影に加わらずにさっさと帰宅していたが、今年は最後だから。
そして、今日はお寺の授業。
事務の法師から聞いたらしく、学生たちに「今学期でもう辞めてしまうの?」と聞かれた。
もしかしたらまたプレゼントなどをもらうことになるといけないので、
「持ち帰れる荷物が限られているので、プレゼントは遠慮します。写真だけ一緒にとりましょう」と言っておいた。まだ何かくれるとも言っていないのにそんなことをいうのは少し恥ずかしかったが、用意してしまう前に言わないと。
お寺の猫。気持ちよさそう。