2026/07/30

今日のぼろぼろなわたし

 今日も暑かった。その中を引越し先へ箏をハンドキャリーでもって行った。

駅まで歩き、電車の乗り換えは一回。それだけで疲れ果てた。

着いてから適当なクローゼットの中に箏をとりあえずしまい、

ルーターの設定をした。先日、Wi-Fiの業者からルーターの設定のしかたを聞いてちんぷんかんぷんだったが、そんな手筈をふまずになんとなくいじっているうちにWi-Fiは無事つながった。

そのあとに、無〇に注文してあったダイニングテーブルとイス、ソファ二つが届く。

どちらも設置・組み立ても注文時に依頼してあった。

…のだが、設置の人たちがいうことには、ソファの足は別売りであり、それが今回の荷物の中に含まれていないので、組み立てはできないという。??????

たしかに別売りの足なんか買わなかった。

「でも、組み立て料は払ったんですが、それはどうなるんですか」と聞くと、

「ソファの足が別売りだと言わなかったのは店員の責任だと思うから、店に連絡して交渉してください」と。

そのまま部材を壁に立てかけて、その人たちは帰って行った。

しかし、店に足付きのsofaが展示されていて、「これをください」と言って買ったのだ。

当然、足付きだと思うではないか?もし別売りだったら、なぜその時に言わないのか。

同じ時に買ったテーブルやいすは当然のように足がついているのに、ソファだけに足が付属していないなんて、普通は思うだろうか。

店でもらった名刺に電話してみたところ、担当者は不在だという。

混乱しながら、ことの経過を伝えたところ、明日には折り返し連絡するという。

もうどうなるんだろうね。明日には家電やベッドも届き、ほっと一息つけると思っていたのだが。


2026/07/29

銀行口座の解約と転出届

 二日続けて外出したので、昨日は少しバテ気味で午前中は家でまったり。

昼過ぎに銀行にでかけて行った。引き出しの奥から古い地銀の通帳を見つけたから解約に。

地銀は引っ越したら支店が近くになくなってしまうので今のうちにと思ったのだ。

二時間待つことになると言われたが、結局が意外と早く呼ばれた。実際に口座にお金がいくら残っているかは本店に照会しないとわからないので、他行の口座に残金が振り込まれるまでに一週間程度かかると言われた。

その後、市役所に転出届に行った。銀行で書いた住所が解約手続きの間に変わってしまうと都合が悪いのではないかと思い、8月4日に転出ということで届けを出した。

引越しと言っても、トラックが来てすべての荷物を運びだすわけではないので、適当な日付けを書いた。その日には歯医者の予約が入っているのでまた元の家に荷物を取りに戻るつもり。

冬物も必要になったらその都度取りにくればいいし。

今日は朝、資源ごみを出した。家にかなりたくさんあった使い残しの布も大半を捨てた。

それから、今日の夕方、宅急便で送る人形三体も梱包した。もう一体あるのだが、箱がないし、急いで全部もって行く必要もないので、後日また考えることにした。

〇春月ねいさんからもらったお土産は、この夏に娘と旅行に行くときにもって行こうかと思ったが、塩飴はもう大半は食べてしまった。後は汗拭きと手ぬぐい。手ぬぐいはタオルハンカチよりも乾きやすくて旅先では便利そう。

2026/07/27

暑いせいかぼけている

 そうよ。夏はアイスコーヒーよ。

サザのコーヒーはコーヒー通の間では評判らしい。

でも、いつものようにおしゃべりしながら、上の空で飲んでしまった。

というか、暑いせいか、疲れたせいか、上の空で生きている。

おとといはぼんやりとしていて、卵を電子レンジで加熱して爆発させて大惨事。

片付けに一時間あまりかかった。中をきれいに拭いたつもりだったが、上のほうにまでこびりついているのは見逃したために、そのあと使った時に異臭と煙がでてリビング中に充満してしまい、スマホで照らしながら拭き直し。

昨日もサザのあと、クレープ屋でチョコバナナクレープを買い、半分食べたところで前日に買ったばかりの白いズボンの上に落としてしまい、大惨事。

幸いなことに持っていたウェットティッシュで必死に拭いたらかなり落ちたが、一時は大人なのにチョコレートだらけのズボンで一時間余り電車に乗って家に帰るのかと思って絶望しかけた。

今日は、無事に一日が終わりますように。でも、また何かやらかしそうな予感がする。

2026/07/26

SAZA COFFEE

 今日は娘とサザコーヒー本店に行ってみた。

たぶん、ここはそのうち全国区になるでしょう。

でも、ちょっと高い。

               なんとかアイスコーヒー(名前は忘れた)

                明太子パン


2026/07/24

ばてた

 昨日は一日、家でぼんやり過ごした。

帰国してから、庭の雑草が気になっているが、そのまま放置。

一応、一階は掃除したが、二階は放置。

暑すぎる。もう秋になってから、もう一度この家に戻ってきてやればいいんじゃないかと思うようになった。それまでどうせ夫も日本には来ないし、客も来ないし。

たぶん、月末には生活の拠点を東京に移すが、その後も歯医者の予約があったりするので何度かまた元の家に来ると思う。お人形たちも急がなくていいかな。

ばててしまったので、今日も日中は家にいて、夕方になったら買い物に。

何でもぽいぽい気前よく捨ててきてしまい、普段着る服が足りないので、少し買い足すつもり。夏物はもう少し安くなっているかも。

2026/07/23

わからないことばかり

 帰国してから一週間がたった。

一応、大型の家具と家電が入る目途がたち、水道・電気・ガスも使えるようになった。

そのために何度か猛暑の中、巻き尺を手にマンションへと足を運んだ。

いろいろなところの寸法を測り、家具や家電を注文しようとするたびに、測った場所以外のあれやこれやの寸法が必要だと言われ、マンションへと店の間を何度も往復することになった。

それに、ネット環境の悪さもイライラの原因だ。これまでモバイルWIFIが使用できない時はスマホのデザリングを使っていた。前回まではそれでなんとかなったのだが、今回はぜんぜんつながらない。引っ越し先のマンションに行ったときにそこでいろいろな用事を済ませようと思ったが、自分でルーターを買って設定しなければならないという。ホテルのようにパスワードを入れればすぐに使えるのかと思っていた。ルーターの設定についての説明は電話で聞き、「はいはい」と言いながらメモをとったが、実はちんぷんかんぷん。ネットで購入したルーターが実際に届けばどうにかなるのかも?

それに、管理費などもわたしの口座からの引き落としに変えなければならないのだが、それも説明を読んでもよくわからない。あとでまた管理会社に電話しなければ。

あとは荷物をハンドキャリーと宅急便で送るつもり。箏は自分で電車で運ぶことになりそうだが、この暑さでは駅までもっていくのもたいへんそうだから、当分は無理。

…といろいろ難航中。まあ、そのうちどうにかなるでしょう。



2026/07/17

帰国しました

飛行機が遅延したので、 一昨日の深夜帰国しました。

家に帰ったらネットがなぜかつながらなくて、いろいろ試してつなまるまで二時間くらいかかりました。

それから、昨日、新しく住むマンションの水道・電気・ガスの申し込みとクレジットカードの登録。郵便物の仕分け。買い出し。美容院…などで一日が終わりました。

家の中も荷物もまだ全然片付いていません。

新しい家に引っ越すのは22日以降です。いちばん早くて電気が使えるようになるのがその日以降だからです。

それと、そこに引っ越すまでに家の中を片付けなければなりません。

わたしがいない間、たぶん5月ごろに夫が数日この家に戻ってきたようで、以前、わたしがブチ切れたのでややマシになりましたが、生ごみをはじめとする何だかわからないものが片付けもせずにそのままになっていました。そういうものも捨てて、さらに家に残っている不用品も捨てて、大掃除をしてから引っ越そうと思います。

電車で一時間くらいの距離なので、なんどかにわけて行ったり来たりしながら少しずつものを移動させていくつもりです。大きい家具や家電は新しく購入するので、大きなものはもっていかないし。

とはいえ、暑いし、一日動いただけでもう何だか気力がなくなってきました。

さあ、これから選択して、今日もでかけます。


〇「引っ越し荷物はどうするんですか」と何人もの人に聞かれたが、写真の通り、それだけを持って帰ってきた。ずいぶん多くのものを捨てた。惜しいような気がしても、捨ててしまえば忘れてしまう。

これだけでも、エレベーターのない四階の部屋から階段で下ろし、炎天下の下、タクシーが来てくれるところまでもっていくのは少したいへんだった。住んでいたアパート周辺はむかしからある官舎がごちゃごちゃ建っている場所で近くまでタクシーが入ってこられない。

わざわざ「荷物を持ってくれる」と書いてある高いタクシーを予約したのに、女性の運転手が来て、「荷物をトランクに入れるのを手伝ってくれ」と言われて二人でやることになった。広々とした車内に座れて、飲み物までもらったが、「わたしが欲しいサービスはそこじゃない」と思った。

成田空港到着後、大きいほうのキャリーケースだけ宅急便にした。もう料金は忘れたが、13年前に中国に引っ越す時にはもっとずっと安かったような気がした。

これだけの簡単な移動でも、事前にずいぶんいろいろと考えた。

やってみればほんとうにこれだけのことなのだけれど。


2026/07/14

軽やかに旅立ちます。


  明日、日本に帰国します。早めに空港のホテルに着きました。

ゆっくり休んで、明日の昼にチェックアウトするつもりです。

荷物は思い切って捨てたり、人にあげたりして、これだけにしました。

企業の駐在員なら、引っ越し費用もたくさんでますが、わたしの場合は個人負担です。

EMSで送ることもできますが、安くないし、外国人の場合は自分でパスポートと荷物を持って郵便局まで行かなければなりません。中国人は身分証明書カードがあれば家に撮りに来てもらえるらしいですが。

いろいろ考えると、家電類は電圧が違う日本では使えないし、よく着た古着は持ってかえるほどの価値がありません。おもいきって大分捨てました。

軽やかに次の人生に踏み出すには、荷物も捨てて軽やかに。


2026/07/12

台風はこなかった

 この週末は台風が来るから気を付けるようにともう辞めてしまった大学からも連絡があった。

在籍中の人は10~12日までどこにいるのかを学校に知らせるように言われたようだ。

そこで、冷凍餃子などを買いだめて土日は家で片付けをするつもりだったが、昨晩少し雨が降っただけで終わってしまったようだ。

いまは暑くて曇っている。スマホの天気予報を見ても午後に少し雨がぱらつく程度らしい。

あまりなんでもかんでも片付けてしまうと生活に困るので、後のことは明日やることにして外に食事にでも行こうかと思っている。


〇昨日、春月ねいさんのところにリンクが貼ってあった動画をざっとみてしまった。

動画だけをみると、途中までは人生に夢のような展開が訪れて、ハンサムな外国人の夫とヨーロッパのあちこちを旅するというものだったが、本当はすでに早い時期から破綻のきざしがあったようだ。ビザの延長ができるかどうかという問題以前に、夫ともギクシャクしはじめていたようだし。

なんとなく推測だけれど、西洋人の男性が何らかの幻想をもって日本人と結婚したが、妻がガーデニングをしたり、かいがいしく夫の面倒を見たりするというあこがれ通りの生活もよかったのは最初だけで、結局は重荷になったのかなと思った。

これからは東京のどこかで一人で人生をやり直していく流れになるようだ。

イギリスにの空港に着いたら、ハンサムな夫が花束を抱えて待っているとか、まるで映画のような場面もあったことだし、

何もなくただ老いていくばかりの人生よりも、動画の視聴者がうらやましがるような束の間でも夢のような時間があってよかったんじゃないですかね。

2026/07/10

最後の仕事

 今日は仏学院の試験。

朝、7時前に家を出たが、すでに晴天で猛暑。

試験はあっさりと終わった。

そのあと、学生3人、日本語学科の法師、事務の法師、わたしで校舎の前で写真を撮った。

ものすごく暑かったのに、カンカン照りの下でのんびりと写真をとった。

そのあと、部屋に戻って採点をしてから、答案の袋を日本語学科の法師にわたしにいった。

いつものように長いとりとめのないおしゃべりになるのかと思ったが、簡単にお礼と挨拶をお互いに言い合ってあっさりと別れてきた。

              断ったけれど、結局、学生たちからプレゼントをもらった。
            「師恩難忘」と書かれたノートとペン、
            お守りが入った袋と沈香が入った袋。
          お守り袋の中には咒语が書かれた札が入っているそうだ。 
帰りは最近はいつもいちばん早く帰れる路線のバスに乗っていたが、もうこれが最後なので西湖畔を通るバスに乗って龍翔橋に行き、しばらく湖畔を歩いてから地下鉄に乗って帰った。
             今日の西湖。
          この景色がいちばん思い出のある風景。
         保俶塔と断橋。あの山のむこうに夫の実家がある。
        


2026/07/08

日本語劇コンテスト(最後の登校日)

 今日は日本語劇コンテストの日。わたしはもう契約が終わったので行かなくてもいいのだが、

行ってもいいそうなので行ってみた。

早めに学校に行って、まずアパートのカギを国際処に返す。

アパートのカギは暗号キーで、金属のカギと磁石のカギは予備的にもっているだけなので早めに返した。

そのあと、コンテスト会場に行き、日本語学科の中国人の先生に日本語学科の事務室で使っていたカギを返した。

コンテストの劇はよくできたものも、どうしようもないものもあって、それぞれ楽しかった。

学生たちが試験が終わってから一週間で準備したのだから、どんなできばえでも拍手をおくった。

もうわたしが学校に来る日は最後なのだからぜひと言われて、特等賞の賞状を学生に授与する係はわたしがやった。そのあと、何人もの先生に挨拶をして会場をでた。

学校の門を出ようと思ったら、朝は顔認証で通れたのに、もう顔認証で扉があかなくなっていた。朝、国際処にアパートのカギを返したから、その時にカギを受け取った職員がわたしの登録を消したのかもしれない。しかたがないので、守衛さんに扉を開けてもらって外に出た。

そのあと、最後の給料がわたしの口座に振り込まれているのを確認した。

こうして9年間働いた大学との関係もほぼ終わった。

2026/07/07

送別会(内輪)

 昨日の夜は三回目の送別会。

そこでまた寄せ書きの色紙をもらった。


今日は試験の資料をすべて提出し、その後、パソコン以外の自分の持ち物を処分した。

もう契約は終わっているのだけど、明日は学内のコンテストを見に行く。

また誰かに「あれ、まだいたんですか」と言われるだろう。

        四階の私の部屋をときどき覗きにくるこの方とももうすぐお別れ。
        足場は幅10センチもないのにネコなら怖くないのかな。


2026/07/06

林婉珍『往時浮光』

 試験や試験の採点で途中で読むのを中断していたこの本をやっと読み終えた。

試験が終わってから何だか気が抜けてしまい、何日もぼうっと動画などを見てすごしてしまった。

これは前にも書いたが瓊瑤に夫を奪われた平鑫涛の前妻が88歳になって出版した本。

前半は彼女のおいたちや平鑫涛との結婚のなりゆきなどが書かれていて、後半はいよいよ瓊瑤が登場し、彼女の家庭がどのように壊れていったかが書かれている。

瓊瑤の『我的故事』によれば「自分は平の家庭を壊したくなかったのに、平が結婚できなければ死ぬといって自殺未遂までしたからしかたがなく」ということになっているが、

実際は、この自殺騒ぎもどこまで本当か疑問の残るところであり、なんだかんだといって瓊瑤が自分から平の気を引いて平に近づき、ヒステリックに離婚を迫り、あげくこの三角関係をモデルにした小説を書き、その中である男性の不倫相手を美化し、妻をつまらない女として描いていたのだという。

そのような苦しい結婚生活の中で、彼女は絵を描くことに自己実現の道を見出し、苦しみだけの結婚生活から抜け出して、ついには画家として身を立てる。

この本を読むと前妻であるこの人は、地道に夫鑫涛の事業をささえ、家庭を守ってきた実直な女性のようである。それに対して、鑫涛と瓊瑤は酔っ払ったように「愛に生きる」と言いながら、自分たちの世界だけを見て、前妻の気持ちなどを考えず、無神経に元の家庭を踏みにじってきたような気がした。

同じ物事でも、それぞれの立場からみた姿は違うことがあるだろう。しかし、瓊瑤と前妻がそろいもそろって、老境に至ってからこんな長年のわだかまりを吐露するような本を書いたところからみて、平は結局、「愛、愛」と言いながら、二人の女性のどちらも幸せにしなかったのだと思った。