2026/06/10

ひっそり去っていきたい

 明日の日本語コーナーで、わたしの送別会をしてくれるらしい。

さっきみたら、もうSNSに「明日の日本語コーナーはうさぎ先生の送別会をします」という知らせが流れていた。しかし、日本語コーナーに参加しているのは主に1年生と2年生であり、わたしは教えたことがない学生ばかりだ。

それで明日行ってみたら、来ている学生がほとんどいなかったらなんだか寂しいな。

それにわたしは最初にスピーチもしなければならないようだ。送別会を企画してくれたのは、うれしいが、なんだかちょっとめんどうくさい。

それに昨日、食堂で会った中国人の先生にも「うさぎ先生の送別会をしましょうね」と言われた。

わたしはお世話になった人だけに挨拶をして、ひっそりと帰国するつもりだったのに。

それにいま荷物を減らしているのに、記念品などをもらったら困ってしまうとも思った。

まだもらえるかどうかもわからないのに(笑)

〇コパさんのブログに病院の面会のことが書かれていたが、見舞いというのもありがたいのか、めいわくなのかよくわからない。

わたしが出産したときも、実家の近くの病院に入院したので、次から次へと親戚の人がやってきて、正直なところありがたいという気持ちだけではなかった。

相手ももしかしたら純粋に来たくて来たわけでもなく、義理で来た面もあるのだろう。

母が昨年なくなった時も、わたしは日本にいる間に二日続けて病院に行こうと思っていたが、いよいよもう長く持たないという話だったし、週末でもあったので、その土日には見舞いのラッシュになってしまった。

もう最後だからしかたがなかったのだけれど、その晩に病院から「病状が急変して、あと一日か二日かもしれない」と連絡があった。

息子が「おばあちゃん、疲れちゃったのかもしれないね」と言っていた。

もういずれにしろ長くなかったろうし、みんなに会えてよかったのだろうとも思ったが、いまでも思い出すと胸がうずくような気がする。

本当にこういうことはむずかしい。


2026/06/07

余華『一个地主的死』张天翼 『宝葫芦的秘密』

 だらだらと生活している。

やっと今日「九成宮醴泉銘」の字帖が終わった。

これからは「蘭亭序」(行書)に入る。

やっと字の形を覚えたのに、また違う字体の練習をすることになるが、そういうのは他の人は気にならないのだろうか。日本でなぞり書きの本を何冊か買ったが、その時も本ごとに字の形が違っていて、どうしたものかと思った。とにかくあれだのこれだの書いていけば、いつかはマシな字が書けるようになるのだろうか。

この数日で張天翼の『宝葫芦的秘密』を読み終わった。

最後に宝葫芦に「これからは勉強もする必要がない。友だちとだって付き合う必要がない」と言われて、宝葫芦の秘密や苦しみを誰にも打ち明けることができずに、王葆が追い詰められていく様子は大人の私が読んでもきついものがあった。このあたりが中国やディズニーの映画でさらりと終わってしまうのは、原作通りのストーリーにすると重い内容になってしまうからかもしれない。

結局、最後に王葆の怪しい行動に友人だけでなく先生も父親も気づいて騒ぎとなり、王葆が秘密をみんなに打ち明ける。でも、宝葫芦がどこからか持ってきてしまったものはどうやって元の持ち主に返そうか…。というところで目が覚めて、すべてが夢だったことがわかる。

これと並行して通勤の地下鉄の中で余華の『一个地主的死』も読んだ。

ある地主の放蕩息子の王香火は日本兵にとらえられて、日本軍の道案内をすることになる。王香火は日本軍に案内するように言われた場所ではなく、孤山に案内していく。その途中で、自分と日本軍が通りすぎたら孤山へと続く橋を壊すようにこっそりと村人たちに伝える。

最後に戻ることも進むこともできなくなった日本軍の兵士たちに王香火は惨殺される。

王香火が自分を犠牲にして日本兵たちを村から遠ざけたことを下男から聞いた後に、父の地主も死ぬ。

というストーリーで、余華らしく容赦なく残酷なシーンや気持ちの悪いシーンが描かれているので、読みすすめるうちにぐったりした気分になった。でも、わたしはそういうのも好きである。読んだ手ごたえがあるので。

次は琼瑶の『我的故事』を読むつもり。これは30年くらい前に読んでまた読みたくなったので、タオバオで注文した。明日配達予定。

2026/06/06

VPN復活

 おとといからまったくVPNが使えなくなった。

そうなると、このブログもYOUTUBEも見られなくなる。

おそらく六四の影響かなと思ったのだが、それが終わっても相変わらず少しもつながらない。

そこで、契約しているVPNのサイトから別の方式のアプリをダウンロードしてみたら、また使えるようになった。

YOUTUBEを見ながらしていたストレッチも再開した。

2026/06/02

むだあし

 昨日は午後から公安庁に停留ビザの申請に。

大学の国際処が居留証が切れる一か月前から申請できると言ったから。

しかし、それは間違いだった。それに書類も足りないと言われた。

行く前に「ほかに何か必要なものはありますか」と国際処の職員に聞いたのに。

今月中旬にもう一度行くことになった。

しかし、こんなに外国人教師が多い大学なのに、なぜ職員にきちんとした知識がないのだろう。中旬に行くときにちゃんとした書類を渡してくれるのだろうか。心配。

2026/05/30

余華『夏季台風』

 一応、読んだ。

よく理解できなかったのは、途中で何日か中断してしまったからかと思ったが、

やはり百度で調べたら実験的で難解な小説だと書いてあった。

まず白樹という少年が登場し、彼は少し前にあった地震を検知していた。

しかし、それを信じる者はいなかった。そして、いま新に地震警報が出され、住民たちが外にビニールのテントを作り、家から出てそこに避難を始めた。

しかし、その時はまさに梅雨の季節であり、テントの中は耐えられないほど蒸し暑く人々の情緒は不安定になる。

白樹の地震検知器には異常なデータは現れていなかったため、彼はみんなに「地震は来ない」と言ったが、相手にする者はいなかった。

白樹は県の革命委員会の主任に「地震検知器を見たところ地震は来ないはずだ」と言いに行く。主任は「地震は来ない」という知らせを出す。しかし、その後、地震が起きてしまう。

白樹は周囲の人たちからデマを流したとして、暴力を振るわれる。白樹は検知器を見ていなかった少しの間にその小さい地震の兆候が検知されていたにちがいないと思う。

その間、夫を失なった妊婦や、地震の時に子どもを見失った夫婦や、なんだのかんだのの話が語られる。

全体としてみると、地震と梅雨が人々の精神にゆさぶりをかけるというおおまかなストーリーが見えてくるが、なにしろ登場人物が多いし、現実か幻覚かわからないような場面が錯綜するし、やたらと「他」と「她」が出てきて誰が何をしているのかわかりづらいし、難解な作品だった。

百度AIに聞いてみると、多くの解釈があるので、全部理解できなくてもしかたがないというようなことが書かれていた。

ただ強烈に納得できたのは、この作品の背景になっているこのあたり(余華の出身地杭州のあたり)の梅雨の季節の不快さだ。いまちょうどまさにその季節で、学校でも挨拶のように「蒸し暑くてだるくてしかたがない」という話をしている。こういうところに、地震や何かのストレスがさらに加わったら、この作品の中に出てくる人物たちのように何が現実で何が幻覚なのかわからなくなるし、人と人がきちんとコミュニケーションをとっていくこともできなくなっていくような気がする。

ともあれ、杭州の梅雨も夏も本当に耐えがたいので、早く脱出したい。

〇ネットで見てみると、この本の次に載っている『四月三日事件』という作品も負けず劣らず難解らしい。だから、もう読まないことにした。先、行こう、先。





2026/05/28

コンテストどうなるか

 午前中は4コマ授業。

昼から某コンテストに出る学部生4人と大学院生2人のスピーチの指導。

スピーチはコンテストの一部分なのだが、わたしは原稿を見ながら話してもいいのかと思い込んでいた。しかし、直前の今になって原稿を見ないで話さなければならないと知って、慌てて学生たちに原稿を覚えるようにいった。

それが二日前。今日のお昼に集まってもらったら、女の子たちは原稿を見ないでも意外とよく話せるようになっていた。あと二日あるから、その間も練習すれば問題なさそうで、ほっとした。

しかし、男の子のほうは少し心配。原稿を一字一句覚えなくても、その場でなんとかなると自信満々でいうのだが、本当に大丈夫だろうか。

本番は土曜日に学校に集まってオンラインで行われるが、わたしは行かなくてもいいらしい。

これでこういう仕事も最後になる。結果が出るころにはもうわたしは中国にはいない。

〇このところ、蒸し暑くて、午前中に4コマ授業をして帰宅すると、午後はずっとだるくて何もしないですごしてしまう。

本もなかなか読めないし、ペン習字は書けば書くほど下手になってきたような気がしてきた。

以前にやった字帖を出して見てみたが、自分でも上手くなったのか、下手になったのかわからない。

毎日やっているストレッチも効果があったのかどうかわからなかったので、きつめのストレッチに変えたら筋肉痛がひどいので、もとのストレッチに戻した。

何をやってもよくなったのかわるくなったのかわからない。

でも、やらなければ、下降線をたどっていたのだろうか。なにもかも。

2026/05/27

余華『我胆小如鼠』

 この本に載っている四篇の小説のうち、最初の一篇だけを読んだ。

余華の成長過程での経験をもとにして書かれたものらしいが、善良さなどが通用しない容赦のない硬質な人間関係がテーマのようだ。つまり世の中は生易しくないということ。

余華らしく凄惨な場面はとことん凄惨に書かれている。

〇今日、居留証が切れてからの停留ビザの件で国際処と連絡をとった。

居留証が切れてから15日間は中国にいられるので、その間に片付けをする。たぶん、やることは、部屋をカラにすることと、カギを返すことと、Wi-Fiの解約くらいだろう。

読みもしなかった本やあまり着なかった服を捨てるのは心が痛む。

その話をしていたら、同僚の先生に「なぜ捨ててしまうの?学校に持ってきて学生にあげればいいのに」と言われたが、アパートから大学までは地下鉄を乗り換えて50分かかるし、学科の事務室は4階にある。重い本をそこまでもっていくことを考えたら、アパートのゴミ捨て場に捨ててしまったほうがいい。

そのほか、いつまでも夏休みにならないお寺の授業も終わらせなければならない。

今学期で辞めるということを法師に言ったらきっと次の人を紹介してほしいと言われそうなので、お寺の教務の別のお坊さんに連絡した。たぶん次の人は見つからなさそうな気がする。お寺の付近は観光客が多すぎて交通規制があるので、タクシーが行ってくれなくなってしまったし、講師料は他の半分くらいだから。ただ、ああいう世界を見てみたい人にはいいだろうけど。

あと一か月で授業も終わるが、一か月くらいあっという間に終わるだろう。

2026/05/25

映画『宝葫芦的秘密』(2007年)

 2007年公開のディズニー版。

YOUTUBEにもあるが、それは英語版だったので、ビリビリで中国語版のほうを見た。

こんな映画があったのは知らなかった。日本では公開されなかったのかもしれない。

ストーリーはだいたい同じ。舞台は現代になっている。ヒョウタンもかわいい。

違っているのは、水泳のリレーの選手になった王葆が自力でチームを優勝に導き、ヒョウタンが「これまでよかれと思って君を助けてきたが、君のためになっていなかったんだね」と悟り、王葆と握手して去っていくというラストである。

ネットで見てみると、原作はこれとも少し違うらしい。今度買ってきて読んでみよう。

小学校中学年くらいで読む本らしいから、すぐに読めそう。

2026/05/24

映画『宝葫芦的秘密』

 昨日も昼頃まで家でぼんやりすごした。

ペン習字は相変わらずぼちぼち続けている。一文字ずつはなんとなく上手く書けたような気がしても、縦横が他の字とそろわずに滅茶苦茶になってしまう。

まだ先は長い。

昼過ぎにブックセンターに出かけて中をぶらつく。結局、余華の本を一冊買った。

帰国するまでに積読の本を捨てなければならないのに、次々と買ってしまう。

書店をぶらついている時に、張天翼『宝葫芦的秘密』が推薦図書の棚にあるのに気付いた。

これ、子どものころに少年少女世界の文学のような本に載っていて読んだおぼえがある。

本は買わなかったが帰宅してからYOUTUBEで1963年制作の映画を見た。

少年王葆は何でも願いがかなうヒョウタンを手に入れる。

ヒョウタンは願いをかなえてくれるが、他の場所から王葆が欲しいと言ったものをもってくるだけなので、次々とトラブルが起こり、王葆は窮地に立たされる。

王葆はヒョウタンを壊したり、燃やしたりしてヒョウタンの束縛から逃れようとするが、何をしてもヒョウタンは蘇って王葆の元に戻ってくる。

王葆が困り果てたところで、夢から覚める。すべては夢だったのだ。王葆はこれからはどんなことでも自分で努力してやりとげることを決心する。

こういう極めて教育的なストーリーだった。それにしても、1963年のころの中国って、こんなに裕福な感じだったのだろうか。これは上流家庭の話?

何でもやってくれるお宝に頼ると結局はそのツケが回ってくるというのは、まさにAIの多用のことを予言しているようだ。この小説はいまでも広く読まれているようだが、実際には真逆の方向にみんな突っ走って行ってしまっている。


〇ネットで調べてみたら、原作はもう少し複雑な話のようだ。今度、図書センターで買ってこよう。それに、ディズニーも映画化しているようだ。そちらはどんなストーリーになっているんだろう。

2026/05/23

昨日も気力減退

 昨日の午前中はお寺に行った。

毎週3コマ、途中で二回10分の休みがある。

その時に外に学生が出て行ってしまうと休み時間が終わっても戻ってこない。

こうして授業の時間が無駄になってしまう。

待っていてもしかたがないので、ドアを開け、建物の下に向かって「〇〇さーん」と大声で読んだら、茶トラの猫がニャーと鳴きながら私のほうへやってきた。

あの猫の名前は〇〇さんなのだろうか。

授業の後は、長々とバスに乗り、ショッピングモールで食事して買い物。

もうそろそろ粽が並ぶ季節になっていたので、粽を買った。

家に帰ってYOUTUBEで映画『滚滚红尘』を見始めたが、ほとんど居眠りしているうちに終わってしまった。シナリオは三毛が書いたもので、張愛玲をモデルにしているらしいが、そのわりにはつまらない。ヒロインをもっと一癖も二癖もある人物にしてほしかった。ストーリーは、抗日戦争中、張愛玲を彷彿とさせる女流作家が漢奸の男性と背徳の恋に落ちるというものだが、最後のほうは眠ってしまったのでどうなったのかわからない。もうどうでもいいけど。

夜は夜でまた寝てしまった。

気持ちがたるんでいるのか、暑さで体力が落ちているのか、なんだかわからないが、毎日こんなふうに読書も仕事も進まず、無駄に過ごしてしていいのかと思ってしまう。


2026/05/20

気力減退中

 もう今学期の授業も残すところあと一か月。その後に試験。

わたしがいる大学のわたしがいる学院(学部)の試験の採点とその後の始末が複雑化しすぎていて、常人の能力を超えてしまっている。

他の先生の話によると、他の学部ではこんな面倒くさいことはやっていないらしい。

それなのに、わたしがいる学部でやっているのは、指導層の「内巻」のせいらしい。つまり、うちの学部はよそよりもこんなにがんばって、こんなに丁寧に仕事をしていますというアピールのため。同じような内容の少し体裁の違う書類をいくつも作ったりして、ほとんど無意味なことをしている。学科内でチェックして、さらに他の学科と交換してチェックして、よけい混乱してミスが出たりしているんじゃないかとわたしは疑っている。

とにかくそういう面倒くさい仕事を終えて、部屋を片付けて、学校に返すものは返して…。

そういう山を乗り越えなければいけないのに、なんだかダラダラすごしている。

切羽詰まれば、なんとかなるだろうとどこかで思っているからだろう。

日本に帰ったら、いままで住んでいた家(夫が日本に行くときにそちらに泊まるらしいから手放さないが)で、置きっぱなしで使っていない自分の持ち物や娘の持ち物を断捨離して、

それから、都内に買ったマンションに家具だの家電だのを購入して入れなければならないし。

考えただけで、今から疲れている。帰国する頃には日本も酷暑だろう。

誰かが用意して住むだけの状態にしておいてくれたら、どんなにいいだろう。

しかし、いまでさえそう思うのだから、もっと何年も先延ばししたら、さらに気力も体力も衰えてやれなくなってしまう気がする。

日本に帰ったら、面倒くさいから新しいマンションにはとりあえずソファとベッドだけ入れて、後は一年くらいかけてゆっくりやろうかな。


2026/05/17

あれもこれも

 あれもこれも進まない。

試験問題作成、授業のPPTの修正、部屋の片づけ、読書。

いま三毛の『送你一匹马』を読んでいるのだけれど、この本に入ったら、ぜんぜん読み進められない。個人的な知り合いなどに対する感情過多な文章が続く。もし、その当時リアルタイムで読むのだったら読めたのかもしれないが、こういう本は時代や場所が変わったら読めなくなる本かもしれない。

今日はとりあえず試験問題をしあげて、まだ気力があったら宿題を見るつもり。

宿題の提出期限は昨日の夜で、期限がすぎたら提出用のSNS上から削除しているのだが、朝見てみたら、私宛に「期限を忘れていました」とファイルを直接送り付けている学生がいた。

仏学院も大学も、何度何を言っても言う通りにしない学生ばかりで、見るだけでも疲れる。

もうあと少しで辞めるけれども、本当にもう潮時だと思う。環境の面でも体力の面でも。

2026/05/13

突然暑くなる

 もう期末試験の準備もしなければならない。

宿題も集めたけれど、見ていない。

読書も進まない。

もうしかたがない。暑いんだもの。急に蒸し暑い杭州の夏。