2025/05/17

やっと週末

 やっと週末。

何とか切り抜けたが、昨日、学校から帰るときに翻訳のチェックを頼まれた。

土日は作文コンテストの指導もある。

先週の出張の報告はまだしていない。来週のいつかやる予定だが、そんな時間があるのだろうか。


2025/05/12

ふらふら

先週は会議だの、卒業写真撮影だの、いろいろあって、土日は湖州に行き、

今日は午前は大学で、午後は寺で授業。全部で8コマ。

天気もよかったので、帰りは人が多すぎて、渋滞。本当に疲れた。

湖州のこともブログに書きたいが、気力なし。

今日これからと明日一日で、コンテストに出す学生の作文も直さないといけないし、

授業の作文も直さないといけない。それにPPTも。

あまり体調を崩さない私だけど、何だか頭が痛くなってきた。もう寝たほうがいいかな。 

2025/05/06

いやな雰囲気

 昨日は普通に授業をしていて、みんな楽しそうだったのだけれど、途中で法師がやってきていろいろと授業への要望を出してきた。「はいはい」と言って聞いていたが、彼女が去って行ったあと、なぜだかみんながピリついてぎくしゃくした雰囲気になり、低調な感じで終わった。

あれは何だったのだろう。あとから「学生たちの折り合いが悪いので、授業の編成をかえる」というような連絡がきた。どういう事情かよくわからないが、普通は学生のそんな私情なんかいちいち取り合わないものじゃないだろうか。

ああいう修練の場の雰囲気や人間関係が普通の学校よりも悪いのは何故なんだろうといつも思う。

2025/05/05

映画『独一无二』

 昨日はまたイオンモールで映画を見た。今日は昼から寺で授業。


映画は『独一無二』。「唯一無二」というような意味。

主人公の女の子は高校生。親元を離れて音楽大学に進みたいと思っている。

家には古いキーボードしかないが、音楽教師とクラスメートのピアノが上手な男の子がサポートしてくれている。

しかし、彼女の家は彼女以外の家族、つまり両親と兄が聴覚障碍者だ。両親は小さなレストランを経営し、兄はハンドバッグなどを作る職人をしている。健常者の彼女がいないとレストランは何かと困るし、そのうえ、父の病院通いにもついていかないといけない。

さらに叔父(父の弟)が、祖父から相続した店の二分の一は自分のものだから、店を売って金をよこせと言ってきて、裁判になる。

実は祖父も聴覚障碍者で、健常者の叔父もその家を支えてきたのだが、耐えきれなくなって若い頃に家を出たのだった。それに、祖父は死ぬときに叔父に不利な遺言を残したので、叔父は一家にたいして反感を抱いている。

両親や兄は人柄はいいが、やはり娘に家族をささえてもらいたいと思っている。

夢を断念するか、家を支えるか、主人公の心は揺れ、いったんは家を出ることをあきらめようとする。

しかし、その後、学校の学芸会のようなステージで家族を思う歌を手話をまじえて歌い、

それを聞いた家族は娘が家を離れていくことを受け入れるようになり、娘はついに北京へと旅立っていく。

ここで、でもだって、この家は健常者の娘がいなくなったら、立ち行かなくなるんじゃないの?と思ったが、祖父が残したビデオを見て心をいれかえた叔父が家を訪ねてきて、彼が今後はこの家族をサポートするのだろうかと思わせるところで終わる。


途中で、「また女の子が犠牲になる感動物語か?」と思ったが、そうならなくてよかった。


〇先日タオバオで買った靴がわたしが受け取る前に行方不明に。それをどうしたらいいかいろいろやっているうちに時間を無駄にしてしまった。受け取っていないのに、システムの上では受け取ったことになっている。連絡してみたが、やはりわたしが受け取っているという確認をしたなどという連絡が来たので、返金手続きをしている。相手が認めれば返金されるのだが、どうなるだろう。

〇寺の授業もどうなるだろう。わたしは気が付いていなかったが、学生が仲間割れしているらしい。そんなのかまわずに授業をすればいいと思うのだが、「仲間割れをしているので、授業を別々にします」というような連絡がきた。何なんだろうな。

2025/05/04

映画『水餃皇后』

 午前中に卒論の修正の残りをし、提出された分の宿題を採点した。

冷蔵庫にろくに食べるものがなくなったので、イオンモールに出かけて行った。

いつものように映画を見て、サイゼリアで食事をして、イオンで買い物して帰宅。

映画は『水餃皇后』。このGWの目玉らしいが、昼過ぎの映画館にはそんなに人が入っていなかった。

中国のスーパーで黄色い袋にはいった「港仔码头」というブランドの冷凍餃子やワンタンをよく見る。香港の底辺で辛酸をなめ、その冷凍食品会社を興した女性の一代記。

台詞の半分以上は広東語で普通話の字幕がでるので、見ていて疲れるが、ストーリー自体はわかりやすく感動的。

最初のほうの成り行きがよくわからないのだが、なんらかの事情で夫と別々に生活していた主人公の女性は娘ふたりをつれて山東省の実家からタイに住む夫(たぶん中国人)のもとにいくことになる。途中の香港で夫や姑と再会をはたすが、そこで夫がタイで二人目の妻を迎え、その妻が男の子を生んだのだと告げられ、「女の子しか生まない役立たずのあなたは妾になるのよ」と姑に言われる。

彼女は夫と別れることを決意するが、山東省に住む母を悲しませることはできないと、その事実を告げずに香港で娘二人を養うために掃除や皿洗いの仕事をし、最後には食品会社の社長になりあがる。

濃厚な人生。イオンに行ったら、そこにも見慣れた「港仔码头」の水餃子があったが、餃子を食べたい気分ではないのでうどんなどを買って帰宅。

今少しずつエイミ・タンの『接骨師の娘』を読んでいる。最初のほうで、主人公と夫がであって「意識高い系」の会話をするあたりがつまらなくてなかなか読み進まない。彼女のほかの小説と同じようにその部分が終わって、母の世代の過去の物語になるとおもしろくなるのだと思うのだが。とにかくいつになるかわからないけれど、それを読み終わったら、『水餃皇后』の原作を読んでみようかと思う。

2025/05/02

 

これですね。この最後の部分が絵になっているんですね。
にわかに湖上に雲が飛び、
いつの間にやら船の中では雨が衣を濡らし、
折り取った蓮の花のことはすっかり忘れ、
むなしくその葉を頭にかぶって帰る。
というような意味でしょうか。
前半は難しくてわからない。


労働だけがある

 昨日はだらだら休みながら家で学生の卒論の修正。

たぶん今日もそう。それが終わったら、宿題を見たり、PPTを作ったりしなければならないから、GWは仕事で終わりそう。どうせ外に行ってもこのあたりの繁華街や観光地は人でごった返しているのだろう。

中国人の先生は「この学校には労働節はなくて、労働だけがある」と言っていたけど、まさにそんな感じ。


〇コパさんのおっしゃるように、生前に母が近くにいれば後から悲しい気持ちになりそうだ。わたしの場合、コロナの頃からあまり会うこともなかったし、このまま母の記憶は薄れていくのかもしれない。

〇坊さんからもらったお茶の缶に「正山小種」と書いてある。それがお茶の名前だった。

紅茶の一種のようだが、今一つよくわからない味。

2025/04/30

短かったのか、長かったのか

 コパさんのブログを読んだ。

たしかにあっという間の一か月だったのような気がする。

あわただしく休講の相談をして飛行機に乗った四月の初めのことは昨日のことのように思える。

しかし、その後に思いがけないほど早く母の容態が変わってしまった。私が最初に病院に行った日とその次の日には意思疎通ができ、「五月にまた来るね」と言ったらうなづいていた。二日目の晩に病院から電車で家に帰ろうとしたときに、兄から「医者が今日明日までということもありうると言っている」との連絡がきた。次の日に行った時にはもう意識がなく、翌日の早朝には血圧が下がってきたという連絡があってみなが駆け付け、その日の昼になくなってしまった。

それから通夜・葬式。学校に戻ってから、あわただしく休んだ分の仕事を片付け、瞬く間に一か月。

しかし、一か月前と今とでは、母がいなくなるというわたしにとっての大事件が起こったわけであり、日常は何も変わらないが、心の中の風景はまったく変わってしまった気がする。

それを思うと、一か月前のことはとても遠いことのように思える。

いまでも、悲しいのか、驚いているのか、それとも何も感じていないのか、何なのか、自分の気持ちがわからない。

母の臨終の瞬間にうちの子どもたちが泣くさまや、母の葬儀の時に母の友人たちが泣き崩れるさまをドラマを見るようなぽかんとした気持ちで見ていた。

その人たちのような突き刺すような悲しみはわいてこなかったし、どんなかかわりがあればそんな悲しみを感じるのだろうと思った。

母が死んだのだから何か大きな感情の動きを感じなければならないような気がするが、いまでもぽかんとした気分でいるのである。なぜなんだろう。本当はどういう悲しみを感じなければならないのだろうか。

2025/04/28

まだまだまだ忙しい

 今日は午前中に補講もふくめて5コマ、午後にお寺で3コマの授業。

天気が良いせいか寺付近は昼頃でもすごい渋滞。帰るころにはさらに渋滞。

日本ではもうみんなGWを楽しんでいる頃でしょう。

少ししたら中国のGWも始まるけれど、学生の卒論の修正などでおわるでしょう。

GW後の土日はもう一人の先生と湖州に出張に行くことに。最初、気軽に引き受けてしまったが、後から話をよく聞くと結構ハードな日程だった。断ればよかったかもと少し後悔した。

でも、湖州は近くだけれど行ったことがないし、こういう機会でもなければきっと行かないだろうから、まあ、いいか。

2025/04/26

まだまだ忙しい

 娘から電話あり。

今日から日本は長期休み。宝塚かどこかへ遊びに行くらしい。

中国では明日は振替出勤。GWは実質二日しかないし、その二日も卒論の修正をすることになる。

それとは別に昨日、母校の学科の同窓会からメール。S先生の訃報だった。

ああ、そうだったんだ。時代はどんどん移り変わって、わたしの思い出の中にいる人たちも去っていくのね。


2025/04/22

あわただしく過ぎた一週間

 先週、中国に戻ってからあわただしく一週間がすぎた。

何コマかの授業は他の先生が代講してくれたが、学校と寺の通常の授業に加え、補講もあるし、なんだかんだの事務処理もあって忙しい生活がもどってきた。

時々、通勤の地下鉄の中などで、ぼんやりと「母が死んだんだなあ」と母のことを思い出したりする。他の人たちは気遣ってくれるが、当のわたしはそんな感じ。

2025/04/15

母を見送ってきました

 4月4日に母を見舞いに急遽日本に帰国しましたが、その後、病状が一変して花祭りの日に母は旅立ちました。

思うところはいろいろありましたが、心の中にしまっておきましょう。

土日に母の通夜と葬儀を終え、月曜日の夜の便で杭州に戻る前に上野で春月ねいさんとお茶をしました。悲しみだけでないさまざまな思いを打ち明けて、心が軽くなりました。ありがとう。

今日は一週間仕事を休んだので、その後片付けをします。


2025/04/02

R先生

 大修館書店の漢字文化資料館というサイトに既刊ピックアップというページがあって、そこでL先生の『中国文学館』やR先生の『説文入門』が紹介されている。

大学卒業後、幾星霜。

それでも、こうした著作を読みこなせるようにはならなかったわたし。

老後が長いなら、こういうものを読むのもよいでしょう。

おもしろかったのは、『説文入門』の紹介のページに、編集者がR先生に会いにわが母校を訪れた時のこと、時正に卒業式の当日で、R先生は編集者氏に「もうすぐ終わって、ぞろぞろ出てきて写真を撮ったりするから、ぜひ見ていきなさい、とてもきれいだから」とおっしゃったというエピソードがあることだ。

へえ!ふーん!

真面目一徹にみえたR先生も、女子大生の袴姿を見るのを楽しんでいたとは意外だった。

ねえ、そうでしょう?春月先生。