昨日で仕事が終わったので、午前中に掃除と洗濯をして、午後から食事と映画。
映画は『我的朋友安德烈(ぼくのともだち安徳烈)』。
この映画は途中までよくわからなかった。たぶん、見ている人はみんなそうだろう。
見終わっても、わからない部分がある。そのようにできているのかもしれない。
青年李黙は父の葬式に行くために飛行機で瀋陽に向かう。
機上で旧友安徳烈によく似た青年を見かけて話しかける。
「ぼくは李黙だよ。君は安徳烈だよね」
しかし、その青年は「たしかに自分は安徳烈だし、李黙という友人がいたが、君ではない」と言う。
そして、その青年安徳烈も李黙の父の葬式に行くのだという。
飛行機は大雪のため瀋陽に着陸できず長白山に着陸する。
そこから彼らふたりはレンタカーで瀋陽に向かうことにする。
かみ合わない会話をしながら、李黙は中学時代のことを回想する。
安徳烈は李黙と同じクラスにいた少年で、奔放で自分をまげない性格だったため、教師に嫌われていた。
李黙は両親の不仲や成績不振のために暗い学校生活を送っていたが、いっしょにサッカーをしたことから安徳烈と友人になる。そして、安徳烈が父親から暴力を受けており、自分よりも悲惨な境遇にあることを知る。
ある日、李黙の母が家を出て行き、李黙は父との生活から抜け出したいと思うようになった。そして、学年で一番の成績をとればシンガポールに留学できることを知り、安徳烈の協力の下で勉強に励み、優秀な成績を収める。
しかし、シンガポールに行けたのは李黙ではなく、別の女子学生だった。教師が不正に成績を改竄したためである(こういうの、中国あるある)。李黙は教室で泣き崩れる。
その後、全校生徒の前で安徳烈は教師の不正を告発し、学校にポスターを貼る。
このことから、安徳烈は放校となり、父親に折檻され、揉みあううちに熱湯を全身に浴びてしまう。李黙はその様子を物陰から泣きながら見ていた。
その後、しばらくして、年越しの夜に李黙は父と外で花火を見ているときに安徳烈に出会い、家に呼んで父が作った餃子を一緒に食べるが、父には安徳烈が見えないようだった。(つまり、安徳烈は熱湯を浴びて死んだのだ)
映画のシーンは現在に戻り、いつのまにか車の中には李黙ひとりになっている。
瀋陽に到着した李黙は、かつて安徳烈と遊んだ廃工場の鉄扉の前に立つ。すると、鉄扉の中から、中学生のままの安徳烈が出てきて「なぜいまになってやっと来たの?」と微笑みかける。
最後のシーンはまた学校での回想。中学生たちが並んで合唱している。その列の中にいた李黙が後ろを振り返ると、安徳烈がひとり窓際に座ってこちらを笑顔で眺めている。
〇このようなストーリー。原作の小説があるらしい。会話はまたしても東北方言で、李黙の父が話している言葉などは字幕を見なければよく聞き取れないし、時には字幕を見てもついていけない。
それにストーリーにもよくわからない点があった。
李黙はもともと安徳烈が中学時代に死んでしまったことを最初から知っていて、飛行機の中で出会った青年になった安徳烈との旅は、すべて想像の中のできごとだったのだろうか。
李黙が安徳烈が死んだことを知ったのはいつなのだろう。
それと、レンタカーでの移動中、どこで安徳烈は消えたのだろう。
もしかしたら、ちゃんと映画の中で描かれていたのかもしれないが、一度見ただけではよくわからなかった。
「わが友アンドレ」で日本でも上映されたみたい。
返信削除おはよううささん♪
返信削除ホラーなのかな?
謎は謎のまま。
ホラーと言うより、「子どもの頃の友情とつらい過去を見つめる旅」みたいな感じ。
返信削除途中でホテルに立ち寄ってフロントの女性と話をする時に、李黙の姿しかなかったので、そのあたりから「安徳烈」はもう存在してないのでは?と思いました。幽霊というより、幻想かなと。