2022/10/28

結局、だめだった

 昨日の夜、直したUSBメモリがまた壊れた。結局、だめなものはだめだった。

同じことをすると、また読み取れるようになったが、このままだとまた壊れそうなので、

もう使うのはやめることにした。

〇昨日は運動会があって、参加しないわたしは休みだったので、家で居眠りしたり、仕事をしたりした。

もう一度、川上弘美の「神様2011」を読み、そのあと、kindleで「神様」を購入して、ほかの短編も読んだ。本の最後には「草上の昼食」という小説が載っている。「神様」に登場したのと同じ「くま」が出てくる。

「くま」って何だろう。

外国に住む人かもしれない。以前、日本に住んでいた時の夫のようでもあるし、

いま、中国に住んでいるわたしのようでもある。なじもうとしても、周囲の人にどこか異物として扱われ、半ばそこにいないかのように扱われることもある。つまり、なんとなく「自分たちと同じ人間以下」のものとして扱われる。

そして、そうやってながいこと過ごしても、「草上の昼食」の「くま」のように、決して解け合うことがない部分、なじめない部分が残り、いつか「潮時」を悟る。

「くま」が言う「潮時」という言葉を目にした時、ドキリとした。それは、わたしもこのところ度々使っていた言葉だったから。

〇それに、外国人同士の関係というのも、「わたし」と「くま」の関係ににている。

野生の熊の姿を突如現した「くま」に、「わたし」がおびえるように、普段は表面的には平穏な関係を保っていても、突如、ふとした拍子に相手の見知らぬ心の姿に気づいて愕然とするということは、我が家にもあった。「くま」の姿を痛ましいと思ったが、それは、わたしがよく見知ったあの感情と同じものかもしれない。

3 件のコメント:

  1. お疲れ様うささん♪
    その感情は知ると消せないような怖さを感じますにゃ。
    がんばろう。

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  2. これから近所の図書館へ行って、「くま」物語を読んでくるつもり。きっと私も「くま」なんだろうな、と予想しつつ。

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