今日は午前中はお寺の授業。
「わたしの後について復唱してください」「質問しますから答えてください」と言っても、
無反応。みんなこっそり授業中に宿題をやるのに一生懸命なのかもしれない。
今日は、その後、大学に戻り、卒業写真の記念撮影。
30分くらいで済んだので、そのまま帰宅。
家に帰ったら、宿題を作ったり、学生が送ってきたコンテストの録音テープを聞いたりした。
その後、ペン習字。
GWが終わり、やっと元の生活のリズムが戻ってきた。
〇昨晩『梦里花落知多少』読了。
三毛の夫ホセの死後、台湾とヨーロッパを行き来し、最後にカナリア諸島のホセとの思い出の残る家を売り、台湾に帰って年老いた両親と一緒に住むようになるまで。
三毛がそういう人なのか、スペイン人がそうなのかわからないけど、濃厚すぎる人間関係に読んでいるわたしのほうが疲れた。
台湾に帰国して、知り合った人の家を見て気に入り、その晩に両親に電話して「どうしても欲しい家がある。今すぐお金を用立ててほしい」とお金を無心し、その家を購入して自分の好み通りに改修し、好みの家具を作らせて入れたあと、「やっぱり年老いた母がかわいそうだから」という理由で、マンションを父に買わせて同居。(一応、三毛が代金を払うつもりだったようだが)
両親もかわいい娘のために労苦をいとわないのだけれども、みんな振り回され放題のような気がして、「わたしはこういう人は苦手だ」と思ってしまった。
〇ホセが死んで間もない頃、ホセの両親がカナリア諸島のホセの家の権利の半分は自分たちにあるという話を三毛にする。「三毛が生きているかぎりは、その家に住んでもかまわない。でも、売るのなら半分の権利が自分たちにある」とホセの母が言う。三毛は「結婚指輪以外は何もいらない。すべて義理の両親にゆずる」と答える。
ここでホセが子どものころに両親にノートを買ってもらえなかったエピソードなどが語られ、「そんな親のくせに、ホセの死を悲しむのよりも先に財産を欲しがるなんて」と三毛は思う。
このくだりを読むと、ホセの両親がエゴの塊のような言われようなのだが、よく考えてみると「三毛が生きている間は住んでもいい」と言っているのだから、妥当な話のような気がした。子どものころから育てた両親が、わずか数年間の結婚生活をした妻と同等の権利を持つのは当然のように思えるのは、わたしも子どもを育てた親だからだろうか。
しかし、最後のほうの章で、三毛は自分が気に入った若夫婦に相場の半額でこの家を売り、家を売った代金を義理の両親とわけることなく自分の口座に入れ、その後、台湾で家を買う時にもそのお金を台湾に送金することを考えるのである。「結婚指輪以外何もいらない」というあの言葉はどうなったのだろう。そのあと、この家についてホセの両親とどんな話があったのか、それともなかったのかについては、この作品には書かれていない。ホセの親族について、あれこれ悪く書いたのに、そこのところの説明を何も書かないというのは、何だか腑に落ちない感じがした。
〇三毛『送你一匹马』を購入したので、次はこれを読む予定。
本当は三毛以外の本が読みたいのだが、何を読んだらいいかわからないので、とりあえずこれを読むことにした。
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