このところずっと読書もしていなかったが、(新書は読んだ)
やっと昨日、短編『散戏』を読んだ。この作品は本当に短く3ページしかない。
盛りをすぎた実力女優が芝居を終えて、人力車に乗って家に帰るまでを描いている。
芝居を演じている輝かしい自分から、かつて熱烈な恋愛をした夫と愛情のないつまらない生活をしている自分へ。表の自分から裏の自分へ。虚構の自分から実際の自分へ。
人力車に乗ってまったく違った世界へ移動する。切ない。
夜の街。窓から見えたベッドを整えている二人の店員の描写は何を意味しているんだろう。
专门摆样的一张床,原来也有铺床叠被的时候。
(見せるためのベッドであっても、こうして寝具を整える時があるのだった)
見せるためのベッド=人に見せる自分、寝具を整えているベッド=ふだんの姿。
…かもしれない。
〇コロナのころ、まにあわせで濃いピンクの布でクッションカバーを作った。それがまったくカーテンやソファカバーの色とはなじまない派手すぎる色なのがずっと気になっていたが、そのまま5年以上も使ってしまった。
こういう構わない生活がいかにもなげやりで貧乏たらしいと思っていたので、昨日、落ち着いたボタニカル柄の布を買ってきた。しかし、家に帰って一息ついたら、なんだか縫うのがめんどう。「あたしんち」のおかあさんみたい?