スピコンが終わった。
結果は三等賞。この三等賞というのは3位のことではない。
特等賞2名、一等賞1名、二等賞5名、その他がすべて三等賞。
昨年の学生は二等賞だったので、今年も期待が高まっていたが、惜しかった。
テーマスピーチはよかったが、即興スピーチは考えがまとまらない感じだった。
去年の学生と今年の学生の実力は、同程度だろうと私は思っている。
むしろ、試験などをやったら今年の子のほうが上。
それに会話の練習として親や友人についての話をしていると、思わず「いい子だなあ」と心を打たれるような純真さもあった。
しかし、コンテストはそういう面を評価するものではないし、やはり本番に強いかどうかなどが作用して、
結果としては成績にかなりの差がでてしまった。
結果は結果。この二カ月の指導で会話力もあがっただろうし、挑戦したという経験もできた。そちらのほうが大事。
〇『蜻蛉日記』そのものを読む前に、手始めに田辺聖子の『蜻蛉日記をご一緒に』という本を読んでみた。
蜻蛉日記の内容だけでなく、当時の文化や政治状況など日記の背景も詳しく書かれていて、おもしろかった。
『蜻蛉日記』といえば、「どろどろした女の嫉妬が書かれている日記」のような印象だったが、田辺聖子の本を読んでみたら、印象が変わった。
私は道綱の母のように文才豊かでもないし、夫も兼家のように功成り遂げたわけでもないが、この日記に書かれている道綱の母と兼家の姿がわがことに重なって見えた。
男性は外の世界にうつつをぬかしている間には、妻のことなんか平気で忘れているし、急に思い出して機嫌をとってきても、妻のほうはそう簡単に喜ぶことができない。
喜ぶどころかどうしてわたしが必要としていたあの時やこの時にはその心遣いを見せてくれなかったのだと思ってしまうのだ。
特に、男女の間で相手のことが心に占める割合が大きく異なると、女性はつらいだろう。
現代の日本は女性も世界が広くなったからまだマシだろうが、蜻蛉日記の時代には、貴族の女性は宮仕えでもしていなければ、家の中で夫が来るのを待ったり、子どもにかまけたりするばかりの生活であり、それは鬱憤もたまるだろう。
彼女に共感するのはわたしの性格が悪いせいもあるのだろうが、わたしには「蜻蛉日記」の作者は、すなおになれないかわいい人のように思えてしまった。ただ、友だちになったらやはり面倒くさいと思うのだろうけど。
こういう日記が長く残った、というのは共感する読者がたくさんいたから、でしょうか。
返信削除きっとそうですね。
削除長い間、そういう環境は変わらなかった、ということですかね。
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